井原西鶴の時代には、
大みそか
を越すということは大変なことでした。
何せ、一年の決算でしたから、
お金の貸し借りを
チャラ
にしなくちゃなりません。
井原西鶴は言います。
「商人たるものは元日から油断なく胸算用(心の中でお金の出し入れをシミュレート)して、
一日千金ともいうべき大みそかに備えるのである」
~井原西鶴『世間胸算用』~
小判は寝姿の夢
「夢の中でも暮らし向きを忘れちゃいけない」
そう、あるお金持ちは言います。
ある貧乏人が地道に稼ぐことを脇にやって、
いきなりお金持ちになれないかな、
などと虫のよいことを考えておりました。
むかし、江戸にいたころ、両替屋の店に小判がキンキラと山積みになっていたのをありありと覚えております。
大みそかの夜明けのことです。
この男の奥さんが一人目覚めて、
と、あれこれ心配していると、ふと窓から朝日が差し込んでおります。
見ると、なぜだかそこに小判がひとかたまり。
呼ぶと、「なんだ」という声が早いか、小判は消えてしまいました。
奥さんがその話を男にすると、
ああ、金持ち極楽。
貧乏地獄。
釜に焚く薪さえないんだぜ。
切ない年の暮れだよな」
男はやがてうとうととしている夢の中でまでさいなまれているようなので、
奥さんはよけいに悲しくなって、
とにかく、あたしが勤めに出ますから、
どうかあの娘(こ)の面倒だけは見てやってくださいな」
と、涙ながらに口説きました。
そこへ斡旋屋のねえさんが60すぎのおばば様を連れてやってまいりましてこう言います。
おかげで
来年のお給金と、
お仕着せ(盆暮のボーナス分)まで前借りしてもらっちゃって、
もっと感謝してもらわないと。
あんたよりよっぽどな下女が家事だ、機織りだ、したのよかいっぱいもらってんのよ。
よかったわね。
お乳がいっぱい出て。
もしこの契約がやだってんなら、
もうほかいるから。
今決めてよね。わかる?今」
奥さんは精いっぱいのスマイルで、
ねえさんは男の存在など鼻から無視して、
と、証文を奥さんに書かせました。
そして、約束のお金もそっくり渡すと、
と、手ばしこく手数料分だけ勘定して抜き取り、
と連れて行こうとしました。
男が涙ぐんでいる中、
とまだちっちゃい娘に言い聞かせ、ついにむせび泣き始めました。
ねえさんは、
打ち殺そうたって死ぬもんじゃなし。
じゃ、
旦那。
またね」
と吐き捨てて出て行ってしまいました。
すると、脇のおばば様が、
お乳を取り上げられる他人様のお子もかわいそうなもんだね」
と横合いでぼやくと、
ねえさんは、一言。
こうして残された長屋に日もだいぶ陰りが見えてくると、
娘が泣きわめくので、
ご近所の奥さん方が寄せ集まり、
米粉に飴(あめ)をといだものを竹筒に入れて飲ませるのを教えたりしておりました。
すると、
あなたはつらいかもしんないけど、
奥さんはホント幸せよ。
あちらのご主人はね。
キレイな人がお好きでね。
その点、あちらで前に亡くなられた奥さんと似たとこがあんの。
後ろ姿なんかもうそっくり」
男は、
もう飢え死にしてもいい!」
と言い放つと、
そのまま奥さんを取り戻すために
大みそかの夜の中へと駆け出していきました。
きょうのまとめ
井原西鶴の書いた同じ「町人とお金」にまつわる話でも、
『日本永代蔵』
とはだいぶおもむきが変わります。
『日本永代蔵』
はあくまで
「お金持ちへのなり方」
現実的な方法論をあざといぐらいに披露しておりますが、
こちら
『世間胸算用』
は弱者側の機微も大変に生々しいタッチでおりまぜ、
そこがこの作品の味わいを深めるために大きな役割を果たしております。
もちろん、
ここで紹介させていただいた
『小判は寝姿の夢』
以外にも、本作には西鶴流のエッジのきいた皮肉たっぷりの説話は盛りだくさんであります!
にしても、
お金は人間が出ます。
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