誰だ?失政大魔王っていうのは。水野忠邦、天保の改革を語る

 

まだ一昔前までは江戸時代三大改革のひとつ「 天保の改革 」の主導者として結構ネームバリューがあったものです。

しかし、最近は……。

「 失政大魔王 」の呼び声高く、
一部では
「 江戸時代を事実上終わらせたのはコイツだ 」
とすらささやかれております。

しかし、水野忠邦には忠邦なりの言い分があるはず。

今回は大いに彼自身に語ってもらいましょう。

武家政権だからメンツが大事!?綱紀粛正当たり前?

「 神君家康公が開かれて二百年あまり。

まず、わかっていただきたいのは。

私たちの世の政府ってのは思いっきり軍事政権なんですよね。

『 メンツ 』って言葉をご存知ですか。

時代おくれって言うな!

なめられちゃいかんのですよ。

一番偉いのは将軍様。そんで武士。で、百姓。職人。商売人。

このあまりに美しすぎる『 序列 』というものによって『 秩序 』が保たれてるんですよ。

二百年以上も。

いや、これからもずっとね!

『 綱紀粛正(世の中の風紀を厳しく取りしまること) 』

みんなやってるじゃん。

あの徳川吉宗様も松平定信様も。

なんでってこういう世なんだよ。

俺たち武士より商人や庶民が羽振りよくしてちゃ。

それで『 示し 』が着くと思います?

なめられたら終わりっすからね。

なめられたら 」

悪名高き上知令(あげちれい)

上知令とは
江戸や大坂といった大都市の近くにある大名・旗本の所領を取り上げる
かわりに、
彼らの本領の近くにある所領を幕府からあてがってあげる、
という制度ですよね。

思いっきり大名・旗本にいやがられましたよね。

水野さん。
あなたの失脚これで決定的になりましたよね。

なんでこんなことしちゃったんですか(ヌケヌケ)?

「 ……。

わかるでしょ。

だって外国が。列強が。

米英仏露(アメリカ・イギリス・フランス・ロシア。いずれも19世紀いち早く近代化などに成功し、持ち前の圧倒的パワーで世界中を好き放題に占領しまくった国々)が。

国防ですよ。国防。

江戸と大坂は絶対に守らにゃならんのです。

そんなら諸大名。
せこいこと言ってねえで、領地差し出せよ。

つうか日本ほろぼす気か。

吉宗様の時代なら、せめて定信様の時代なら。

あいつらだってあんなごねなかったはずだ。

くっそ!

ごり押し…… 」

貨幣改鋳思わぬ失敗

貨幣改鋳まで失敗しちゃってますよね。

水野さんの場合はお金にふくまれる金・銀の分量を減らす。

敗因は?

「わからんか? もう持たねえんだよ。幕府の財政が」

出目(でめ。貨幣改悪による差益)でおぎなおうと?

やりすぎてハイパーインフレになっちゃいました?

「 …… 」

大奥にも嫌われた

大奥にも嫌われました。

なんでですか?

「 ……。

吉宗様の頃だったらな。

あいつらだって言うこと聞いてんだ。

しかも、吉宗様は将軍様だぞ。

それに比べると俺は……。

あいつら無駄づかいすごいんだもん。

そりゃ冗費削減(じょうひさくげん。お金の支出を切りつめること)せまりたくなるよ 」

法令雨下

法令雨下。

庶民は
あいつは毎日よくもあきずにあんだけたくさん法令をつくるな。

どんな法令フェチだ。

おかげでうちらの生活むちゃくちゃだ。

と言っておりますが。

「 それだけ身を粉にしてがんばってんのがわからんのか!

いつか遠き世にみんなその恩恵を受けるんだよ。

たのむ。みんなそれをわかってくれ 」

失敗者をタダの失敗者にしない

最後に読者のみなさんにむかって何か思いのたけがございましたらおっしゃってください。

「 私はただただ世の中を、幕府を何とかしたい。

その一心であらゆることを犠牲にして前を向いてやってまいりました。

無理乱暴きわまりない欧米列強から日本を守る!

先代の将軍
徳川家斉様らのおかげでゆるゆるになった世の中の雰囲気を引きしめる!

幕府の財政を立て直す!

武家を、幕府を再興する!

なのになんでこんなにわかってもらえない。

将軍家にも、商人にも、大奥にも、諸大名にも、庶民にも、時代にも嫌われ、ついには現代人にまでないがしろにされようとしております。

ああ、わかってるんですよ。

俺は無能だって。

俺のせいで世の中こんなになったってことも。

ただ、これだけは言いたい。

いや、こんな俺だからこそ言えることがある。

みんな。俺のしかばねを越えていってくれ。

俺の失敗をタダの失敗のまま置いてかないでほしい。

俺のやった中ですら時に合わず見捨てられただけで実は合理的なものがいっぱいあったりもする。

そうだ。俺は生きていたんだ。

みんなと一緒だよ。 」

きょうのまとめ

① 水野忠邦の天保(てんぽう)の改革はほとんどの人に嫌われ、失敗した

② 水野忠邦なりに列強の脅威や国内の風紀の弛緩を立て直そうとした

③ 水野忠邦は失脚後、本当に廃人のようになってしまった

水野忠邦の天保の改革って実は2年ほどしかなかったんですよね。

短命政権の悲しさというのもあるかもしれませんね。

失敗は人間につきものです。

みなさん、忠邦のような男をどうしてあげましょうか。

 

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