麒麟がくる第二十三回「義輝、夏の終わりに」の感想|誰かある!将軍が孤独です

 

台風の影響で番組編成が変わり、『麒麟がくる』の突如放送中止で「なにぃ!?」となってしまった先週の日曜日。

コロナのせいで長く休んだ後にやっと再開した第二十二回の直後だけにショックだった。

今週こそ放映にこぎ着けた『麒麟がくる』第二十三回

さっそくドラマの展開について見たまま感じたままをお伝えしよう!

 

麒麟がくるのその他の回のあらすじ、感想はこちらをどうぞ。
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光秀は「まだほぼ架空の存在」ってことを理解してあげよう

1564年3月から9月までの約半年を費やし、越前→京→尾張→京→大和→京→越前という行程で、将軍・足利義輝あしかがよしてるのために走り回った明智光秀(十兵衛)。

無力化する将軍義輝を窮状から救うため、織田信長の上洛の実現に尽力するが、結局失敗に終わった。

義輝が襲われるという噂を聞けば、それを止めようと松永久秀に話をしに行ったが、それも阻止できそうにない。

結局、光秀は何の成果も挙げられず、この半年何もしなかったも同然だ。

主人公のくせに情けない? 

でも、現実問題としてこの頃の彼の功績についての日本史上の記録がない。

つまり、まだこの時期の光秀って、駒ちゃん・東庵とうあん先生・伊呂波太夫いろはだゆうたちと大して変わらない。

ほとんど架空の人物なのだ。

まだまだ水面下の存在であるホンモノの光秀が歴史の表舞台に浮上してくるのを待つしかないのさ、麒麟を待つように。

そんなことを実感した今回だ。

 

この将軍はもうじき死ぬ

実は、今回かと思ってた。

何がって将軍義輝の最期が、である。

今エピソードのタイトルは「夏の終わりに」。

彼の最後の夏の残暑と、何もできない無力の将軍としての心の中にくすぶる口惜しさ、怒りの熱い思いが哀しくシンクロした。

美しく孤独な将軍

『麒麟がくる』には、ときどきはっとするような美しい場面が出てくる。

「誰かある」と声を掛け、明け方に寝床から出てくる将軍義輝。

誰の返事もないのは、もう彼を気遣い、そばに控える者さえいないということ?

ふらりと寝所からでる将軍は、まるで二条御所の中でただ一人の存在のようだった。

朝靄の中で庭に立ち尽くす白い寝間着姿は死装束しにしょうぞくのようで、あやうい。

ああ、この人はもうじき死ぬな、それを痛感せずにいられないシーンだった。

唇を震わす将軍と光秀の感動場面

織田信長を上洛させることがかなわず身一つで戻ってきた光秀を、だだっ広い広間で待っていた将軍義輝は、一人で迎え入れた。

「わしの夏は終わった」という義輝に、「上様」としか掛ける言葉も見つからない光秀。

それでも気丈に光秀に

「短い間よく仕えてくれた」

と声をかける彼の心のうちはどんなだったろう。

唇を震わせて言葉を絞り出す将軍の姿に感動しなかった人、いないでしょう?

「欲を言えば、もそっと早ように会いたかった。遅かった!」

抑えられない口惜しさと哀しさを爆発させる向井理(義輝)の渾身の演技と、長谷川博己(光秀)の悔しさを全身にたぎらせる演技は、ここしばらくの『麒麟がくる』の中でも指折りの場面だったと評価したい。

残念だけれどこの再会が彼らの今生の別れである。

将軍義輝がダメな理由を教えて欲しかった

感動場面は見事だったが、実は将軍義輝についてもう少し描いて欲しかったことがある。

「なぜこんな聡明な将軍義輝に人望がなかったのか」についてのドラマとしての説明だ。

松永久秀まつながひさひでを始めとする畿内の大名たち、織田信長や上杉謙信など地方の有名大名たちの誰一人として義輝を助けなかった。

あれほど将軍の身を案じて光秀に上洛を誘った張本人の細川藤孝ほそかわふじたかまでもが彼を見捨てた。

研究では、義輝が優れ過ぎていたから叩かれたという説もある。

よくわからないまま「義輝が干された」だけでは筆者としては納得できない。

どんな理由であれ、ドラマ制作側の解釈としての説明が観たかった。

将軍と武将との政治上の攻防などがドラマとしてほとんど現れなかったのが惜しまれる。

気になる人々

さて、感動場面以外の部分に登場した気になる人をピックアップしてみた。

藤吉郎に油断するな!

ついに木下藤吉郎きのしたとうきちろう(のちの豊臣秀吉)が、信長の家臣として現れた! 

まだ武将としてこなれておらず、無邪気な様子もみせる。

が、本当のところはどうだろう? 

噂に敏感で抜け目のないかんじがハンパない。

彼はすでに「百人組の頭(足軽部隊の組頭)」らしいから、もう信長の草履取りポジションは卒業済みだ。

タイプの違う光秀のタフなライバル誕生。

いずれ信長に仕える同じ家臣として、光秀は油断しちゃだめだぞ。

ツヤツヤの煕子がまぶしい!

今回、木村文乃演じる光秀の妻・煕子ひろこの美しさが際立っていた。

陰謀巡るドラマ展開の中で、一服の清涼剤のように感じた人も多かったのでは? 

顔がツヤツヤだったもん。

あの輝やきはかなり羨ましい。

 

麒麟がくる第二十三回「義輝、夏の終わりに」

久しぶりの『麒麟がくる』第二十三回「義輝、夏の終わりに」は、正直、将軍義輝の最期を前にした姿が寂しすぎた。

今回はなんとか生き延びたけど、義輝は次に死ぬ。

ああ絶対死ぬ。

ドラマ視聴後も気持ちが義輝のほうに向きっぱなしの筆者です。

今回の感想の簡単なまとめ

① 支える人々を失い無力となった寂しい将軍・足利義輝と、彼を支える術を持たない明智光秀との別れが切なすぎる

② ドラマの主人公・明智光秀はまだ何も達成していない。実際に活躍した歴史上の記録のない彼は、未だ架空の人物とほぼ同じ扱いだ

③ ついに信長家臣・木下藤吉郎登場。抜け目ないところが光秀のタフなライバルになりそうな予感

足利義昭って、僧侶の割には快活で、アクティブなのが意外な感じ。

庶民に優しく、かなり好意的に描かれていて、視聴者として彼を嫌う理由はまずないよね。

光秀は、この人物の下に「麒麟」を願うことになるんだろうか。

 

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歴史ライター、商業コピーライター 愛媛生まれ大阪育ち。バンコク、ロンドンを経て現在マドリッド在住。日本史オタク。趣味は、日本史の中でまだよく知られていない素敵な人物を発掘すること。路上生活者や移民の観察、空想。よっぱらい師匠の言葉「漫画は文化」を深く信じている。 明石 白(@akashihaku)Twitter https://twitter.com/akashihaku