麒麟がくる第三十九回「本能寺を叩け」|彼女は逝き、麒麟はまだ来ない

 

皆さん、明けましておめでとうございます。

今年も『麒麟がくる』のレビューをどうぞよろしくお願いします。

こっちはお正月だがドラマの世界は関係なく忙しそうなので、早速始めることにしよう。

『麒麟がくる』第三十九話では、信長軍が石山本願寺と正面対決し、明智光秀(十兵衛)個人には悲しい出来事があった。

では、新年第1週もドラマの印象を見たまま、感じたまま言わせていただく。

 

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煕子、最期のステージはあなたのものだ

ああ、いつもキレイだった明智光秀の妻・煕子ひろこ

重病だった光秀と入れ替わるようにして病床に就き、死んでしまった。

見納めの煕子は美しかった

ドラマでは煕子が亡くなるまで、比較的時間を取って仲睦まじい夫婦の描写、回想シーンなどが描かれた。

これまでにあっさり殺された武将たちに比べ、彼女の最期についてはもっと丁寧に描写された。

死の瞬間こそ描かれなかったが、花片が舞う中美しく大事に表現されたことは嬉しく思う。

当時の人の命ってはかないものだな。

戦死したり自決したりする武将も少なくないが、そうでなくても昔の人々の寿命とは短かった。

しんみりと番組視聴を終えた筆者である。

煕子の最期はもっと感動的に作れたはず


だが、ちょっと言いたい。

やはり光秀と煕子の美しいシーンについてだ。

今さら言っても仕方ないことだが、実は、煕子の死をもっと感動的に表現できたのではないかと考えている。

貧しさのために煕子が黒髪を切って売った有名エピソードなどは、口先の話だけでなくドラマとして越前時代に観たかった。

温石おんじゃく(石をつかったカイロ)の件も、光秀が「ずっと持っていた」というのなら、何かのタイミングでそれを取り出し、煕子を想うようなシーンが過去に描かれるべきだった。

つまり、過去のエピソードの中で夫婦愛を少しずつであっても表現していれば、今回のシーンももっと深く感動できる納得の場面になったと思うのだが、いかがだろう?

 

信長のあれっ?

織田信長はこのドラマの主人公ではない。

だが、主人公・光秀の後半は彼の人生エピソードをなぞるようにして生きたのだ。

だから光秀を理解するためには、信長の動きのチェックが重要だ。

信長、ちょっとその態度!

信長の横暴さに磨きがかかってきたな。

帝を軽んじ、配下の者を思いやることもなく足蹴にし、甲冑なしで戦場に出るかと思うと怪我をして家臣たちに迷惑をかける・・・。

信長はこんなにアホだったのか。

超頭がいいエキセントリックなイメージを信長に持っていたのは、筆者がマンガや戦国ゲームに刷り込まれていたからか。

そんなアホな信長に対して、はっきり「ダメです」と言えるのは、今はもう光秀くらいだ。

どこかでこんな光秀見たなーと思えば、今の信長と光秀との関係は、昔の斎藤道三と光秀との関係に似ている。

だが、信長は勢いがあるだけに道三より始末が悪い。

信長、いつのまにそんなことに?

近ごろの信長は、めちゃくちゃ忙しい。

日本史の年表上でもイベント目白押しなのだ。

だが、彼にとっての重要事項の全てがドラマで拾われているわけではない。

「あれ?いつの間に?」

仕方がないが、そんなことが今回もゴロゴロあった。

石山本願寺を支援する毛利輝元の水軍に対し、信長のお抱え水軍で対抗する件、いつのまに九鬼水軍を手なづけていたのか・・・と驚くばかり。

また、信長が鉄砲隊を使ったとして知られる長篠合戦も見事にスルーだ。

うかうかしている間に、彼は嫡男の信忠に家督も譲っちゃったし、こりゃ、木下藤吉郎もいつのまにか羽柴秀吉になるわけである。

 

オリキャラの使い方作法

今回、ドラマの内訳がほとんど本願寺攻めと煕子関連だったが、もちろんそこには、何かとやり玉に上がるオリジナルキャラクターたちも登場した。

非難されがちなオリキャラの双璧・東庵先生と駒ちゃんなんだが、筆者的には今回は比較的マイルドな登場ぶりだったと考える。

天皇や将軍と絡む無茶ぶりもなく、明智光秀がお殿様だということにさえ目をつぶれば、単に彼や彼の妻の病を診る「町医者とナース」というスタンスだったからだ。

ストーリーをリードするのではなく、フォローする立場にあれば彼らの活動から荒唐無稽さがぐっと減る。

これが、本来のオリキャラの使い方なんじゃないだろうか。

だけど。

この場を借りて駒ちゃんにひとこと言いたい。

「なんで『芳仁丸』を死にかけの光秀と煕子に飲ませてあげないの!」

駒ちゃんがガンガン量産している魔法の薬『芳仁丸』って万能じゃなかったっけ!?

こういう時に使わなくて、いつ使う? 

いや、ダメ元でもさ。

ま、使ったら使ったで荒唐無稽どころか、おとぎ話になってしまうが。

 

麒麟がくる第三十九回「本願寺を叩け」

慌ただしい戦場で戦に明け暮れる明智光秀はついに過労で倒れ、妻の煕子も病死してしまった。

周囲の信長の重臣たちと同様に彼も主君の横暴に明らかに不満があるし、これから心が荒んでいったりしないだろうか。

煕子の死の悲しみにプラスして彼が心配になる第三十九回であった。

今回の感想の簡単なまとめ

①これまでの出番の少なさが惜しまれるが、煕子の死を伝えるシーンがとても美しかった

②エスカレートしていく信長の横暴と登場人物たちの信長への負の思いが見えた

③各時点でスルーされた信長関連の重要事項が残念

④ただの町医者と助手。オリキャラの東庵と駒にはこのスタンスでお願いしたい

本願寺攻め以上に煕子の死のほうに気を取られちゃったなぁ。

さて、本能寺の変まであと6年、最終回まであと5回。
 
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歴史ライター、商業コピーライター 愛媛生まれ大阪育ち。バンコク、ロンドンを経て現在マドリッド在住。日本史オタク。趣味は、日本史の中でまだよく知られていない素敵な人物を発掘すること。路上生活者や移民の観察、空想。よっぱらい師匠の言葉「漫画は文化」を深く信じている。 明石 白(@akashihaku)Twitter https://twitter.com/akashihaku