日本の医学はわたしたちが変える!『解体新書』翻訳をめぐる杉田玄白たちの苦闘

 

最新科学にもとづいた西洋医療。

今では、当たり前に受けることができます。

でも、時は江戸時代。

鎖国の真只中。

西洋の学問は下手をすると”異学”として、お上にしょっぴかれてしまいます。

まだ、伝統の東洋医学だけが主流だったその世界に風穴を開けようと命を懸けた男たちがおりました。

杉田玄白、そしてその仲間たち。

『解体新書』の翻訳をめぐる苦闘の物語です。

 

杉田玄白ら、『ターヘル・アナトミア』に衝撃を受ける

杉田玄白
前野良沢
中川淳庵

らはおたがいに医者の蘭学仲間。

オランダ商館から借りてきたという一冊の洋書に彼らはもう心を奪われておりました。

『ターヘル・アナトミア』です。

ドイツ人医師の書いた解剖書をオランダ語に翻訳したものです。

良沢がオランダ語を少しいけますが、ほかのメンバーはみんなさっぱりです。

ただ、その挿絵の数々があんまり精巧でした。

 

杉田玄白ら、腑分けに立ち会う

とにかく、ここに載ってることがどこまで本物か確かめよう。

と、この『お医者さん友の会』のみなさんは一緒になって処刑場へと研修にやってきました。

そこで処刑された人の腑分け(ふわけ。人体解剖)にふむふむと立ち会いました。

「すごい!すごすぎる!」

みんな感動を抑えきれません。

「『ターヘル・アナトミア』に描いていたことはみんな本当だ!」

「私たちが今まで学んできた五臓六腑とかそういう概念はみんななんだったんだ!?」

「本当だ。こんな基礎も知らないで、やれ医者だ、藩医だなんて言っていた自分がはずかしい」

こうして、みんなは奮い立ちました。

「これは私たちの命に替えても絶対に翻訳しなくては」

「お上がやらないなら私たちが!明日の日本を切り開くんだ!」

「次代の多くの命を私たちで救おう!」

こうして彼らの格闘は始まったのです。

 

江戸の〇ロジェクトX「未知なるオランダ語との格闘!日本の医学の未来は俺たちが変える!!」

さて、しかし、どうしたものでしょう。

特に、杉田玄白にいたっては、

かつて、オランダ語通詞(つうじ。幕府の通訳役人)に

「オランダ語を学びたい」

とお願いをしにいったものの、

「オランダ語はね。やっぱナマのオランダ人と話さないと。江戸でオランダ語を勉強しようなんて無理無理」

と諭され、すぐにあきらめてしまったほどです。

しかし、この時ばかりはうってかわって、

「とにかく為せば成るだよ」

と言わんばかりに、体当たりと感覚でドンドン挑んでゆきました。

後に
玄白はこの時の苦労を『蘭学事始』にこうふり返っております。

「舵も櫂もない船で大海原に出たような気分だ」

とにかく、
わからない言葉には印を付けよう、

すると、
瞬く間にページが印だらけに埋もれちゃった、

という話もあります。

そんなある時、こういう単語に出くわしました。

「フルへッヘンドしている」

ふるへっへんど・・・?

まず、そこで良沢が手を挙げました。

オランダ語の簡単めの辞書を持っていたので、それで調べると例文が載っています。

「庭を掃除すると、ゴミが集まってフルヘッヘンドする」

みんな考えました。

なんだか探偵小説の暗号解読さながらです。

すると、玄白がひらめきました。

「『うず高い』じゃないの?」

 

『解体新書』なる!

最初のうちは本当に手探りのおっかなびっくりに進んでおりました。

しかし、慣れてくるとペースも次第に上がってきます。

玄白は四十近かったので

「この命のある間に絶対に仕上げなくては」

と、相当の意気込みで作業に臨んだようです。

かなり無理なペースで仕事をやったこともあったでしょう。

何度も何度も推敲を重ねました。

そして、手掛け始めてから二年目、

「”お上”や、東洋医学一色の”国内医療界”に、万一でも変に目を付けられることがあったらまずい」

と、そのパンフレット的な『解体約図』を試し出版して、世の動向を見定めました。

そして、
ついに玄白は
「世にこれを問おう!」
と本編の出版を決意しました。

が、ここに一人の反対者がおりました。

メンバー中もっともオランダ語に通じ、その翻訳に並々ならぬ功績のあった前野良沢です。

良沢は許せません。

まだまだ、これは間違いだらけだ。

こんな状態で世に問うなんてできない。

しかし、玄白もゆずりません。

もう、今しかない。

というよほど強い信念があったのでしょう。

良沢は折れました。

しかし、こういう”ただし”を付け加えました。

「この書物の製作者に私の名は入れないでくれ」

玄白は仕方なく、これを受け入れ、良沢の名なしで『解体新書』は世に出され、後の国内の医学・オランダ語翻訳などに多大な影響をおよぼしてゆきます。

 

きょうのまとめ

玄白らの苦労の様子は『蘭学事始』にくわしく書かれております。

① 杉田玄白らは蘭書『ターヘル・アナトミア』に衝撃を受けた

② 杉田玄白らは実際に腑分けに立ち会い、あらためて『ターヘル・アナトミア』の正確さに驚いた

③ 杉田玄白らは仲間割れがありながらも、『解体新書』を世に示し、多大な影響を後世に残した

 










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