スターリンとヒトラー 独裁者たちの駆け引き

 

1929年にソ連の最高指導者となり、死亡する1953年までの間

国に独裁政治をもたらしたスターリン

彼が権力者のイスに座っている間の1930年代初頭から1945年までの期間、

ドイツでは同じく独裁政治を行っていたヒトラーがそのイスに座っていました。

第二次世界大戦の不穏な影が近づくなか、ヨーロッパや世界の覇権を巡り

両者は必然的に顔を合わせることになります。

今回はスターリンとヒトラー、二人の独裁者の関りについてご紹介します。

 

世界を揺るがす独ソの同盟

独ソ不可侵条約

1939年8月、ヒトラーとスターリンは互いに攻撃しないことを約束する

「独ソ不可侵条約」を締結します。

このことは世界に大きな衝撃を与えることになりました。

というのも、ヒトラーは政権を握ってからドイツ人の生存領域を

東方に広げることを主張していて、共産主義国家であったソ連に対し、

国際ユダヤ主義の陰謀と同じだと考え敵視していました。

そしてソ連側も、ドイツの共産党を壊滅させているナチスと手を組むことなどあり得ない、

と誰もが考えていたのです。

なかでも、この独ソ不可侵条約によって、ダメージとも言える衝撃を受けたのは日本でした。

当時の日本は「日独防共協定」という協定をドイツと結んでいて、

ソ連とはまさに抗戦の最中だったのです。

ちなみにこのことを受け、当時の内閣は総辞職することになりました。

条約の要点とその背景

世界を驚かせたヒトラーとスターリンの条約は、主に以下の内容です。

1. 相互の不可侵(お互いの国を攻撃しない)

2. 一方が第3国から攻撃された場合、他方はその第3国を援助しない

3. 相互の情報交換・協議のための接触

4. どちらかにとって直接的、間接的に敵である国の集団に参加しない

5. 相互間の紛争の平和処理

この条約を結んだ背景には、ヒトラーにとってはポーランド侵攻を巡る

イギリス・フランスとの戦争を控え、ソ連との戦争は避けねばならないと考えていて、

スターリン側は最初ヒトラーの東方侵出を恐れ、英仏との提携交渉をしたが上手くいかず、

不信感を強めていたところ、ヒトラーからの交渉があり、同時期に日本との対立が起こったため、

兵力を分散せざるを得ない事態が発生していました。

こうして、秘密裏に行われていたヒトラーとスターリンの交渉は利害の基に成立し、

ヒトラーのポーランド侵攻を皮切りに、時代は第二次世界大戦へと突入します。

戦後明らかになった秘密の議定書

当時世界では知られていませんでしたが、戦後明らかになったのが、

独ソ不可侵条約の裏で交わされていたポーランドの分割

バルト三国の併合を含める秘密議定書の存在でした。

これは東ヨーロッパの国々を、ドイツとソ連の勢力に二分するという内容で、

両国外相の名を取って、別名モロトフ=リッペントロップ秘密協定とも言われています。

これによってポーランドは、ドイツとソ連による2国からの侵略政策を受け、

戦争終結までに虐殺された人々の数は1400万人にものぼると言われます。

スターリンにとってポーランドの分割は、ポーランド側にあったウクライナなどの

ロシア人居住地の奪回という一応の意味がありました。

しかし、バルト三国の併合に関しては、単なる領土拡大の野心からくるもので、

そもそもこの議定書の内容は先代のレーニンが提起した、

無併合や秘密外交の否定という原則に完全に背くものだったのです。

意味を失くした条約の果て

第二次世界大戦が始まるとドイツ軍はポーランドを征服し、

密約のもと、ソ連と領土を分割します。

しかしヒトラーにとってソ連との不可侵条約の締結は、

ポーランド侵攻のために予想された英仏との対立に備える、その場しのぎのものに過ぎません。

ポーランド侵攻が一段落して西側のイギリス上陸に苦戦すると、

今度は東側のバルカン侵攻を開始します。

これはスターリンにとって、バルカン方面に勢力を伸ばそうとしていた

自国、ソ連との対立を予感させました。

その後スターリンは急いで日本との中立条約を結び、極東での日本との戦争を回避します。

ヒトラーがバルカン侵攻を開始し、一方的に独ソ不可侵条約を破り、

独ソ戦が開始されるまでの期間はわずか2か月、条約が締結されてから約2年後のことでした。

 

独ソ戦

1941年にナチスドイツ軍がソ連に侵攻を開始すると、以後4年間にわたり、

ドイツとソ連の間で激しい戦闘が繰り広げられました。

最初は勢いのあったドイツ軍は次第にソ連軍に押されていき、

1945年4月にベルリンを占領され、降伏したことによって終結します。

もともと共産党の思想とは逆の立場にあり、ロシア人自体を劣った民族として

見下していたヒトラーが、ソ連に侵攻するのは必然だったのかもしれません。

しかし不意を突いて行われたこの奇襲は、

スターリンにとっては人間不信を強める更なる原因になったことでしょう。

 

きょうのまとめ

今回は20世紀を代表する2人の独裁者、スターリンとヒトラーについて、

その立場や第二次世界大戦における両者の関係性に関してご紹介しました。

今回の内容を簡単にまとめると

① 「独ソ不可侵条約」の締結は敵対するはずのスターリンとヒトラーが手を組んだという意味で、世界に衝撃を与えた

② 「独ソ不可侵条約」の裏で、ポーランドの分割、バルト三国の併合という従来のソ連の方針に背く密約が交わされていた

③ ポーランド侵攻に成功し、東方に領土を広げたかったヒトラーが条約を破り、ソ連に侵攻したことで独ソ戦が開戦した

当サイトには、ヒトラーやスターリンに関する記事が他にも複数あります。

ご興味を持たれた方は、お時間の許すときにでもぜひ立ち寄ってみて下さい。

 

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