小さい頃はパッとしなかったのに、大人になったら凄い人になっていた!
という人は、周りにいませんか?
それは戦国時代にもあったようで、後北条氏の3代目当主・北条氏康もその一人でした。
そこで今回は氏康の人格に影響を及ぼしたとみられる、家臣とのほっこりエピソードを紹介していきます。
少年・北条氏康と家臣のほっこりエピソード
「相模の獅子」や「相模の虎」とも呼ばれた北条氏康。
合戦では一度たりとも敵に背を向けなかったため、負った傷のすべては向疵(むこうきず)であったとも伝わります。
そんな勇猛だったことで知られる氏康ですが、幼少の頃はとても繊細な神経を持っていたと言われています。
恥を晒して自害しようと
家臣たちの武術(※)の稽古を見ていた12歳の氏康少年は、その迫力に圧倒されて気を失ってしまいます。
※ 槍もしくは剣術、鉄砲という説があります。
そんな当時の氏康は、家臣たちには「臆病者」と映ったのでしょう。
一方、恥を晒してしまったと思い詰めた氏康少年は、なんと自害しようとしたのです。
褒めて伸ばした清水吉政
しかし清水吉政という傅(もり)役を務めていた家臣が、
「初めて見るものに驚くのは恥ではない」
「臆病を自覚している者は本当の臆病者ではない」
などと、氏康少年を諭したと伝わっています。
そんな「臆病者」も、大人になれば「相模の獅子」と呼ばれるほどの大器に。
清水吉政は、褒めて伸ばすタイプの人間だったのですね。
きょうのまとめ
今回は北条氏康と家臣とのエピソードについて、簡単にご紹介しました。
② 武芸の稽古を見て失神、恥ずかしさのあまり自害しようとした
③ 家臣の言葉によって思いとどまった
こちらのサイトでは他にも、北条氏康にまつわる記事をわかりやすく書いています。
より理解を深めたい方は、ぜひお読みになってください。
北条氏康の年表を含む【完全版まとめ】記事はこちらをどうぞ。
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