クレオパトラ7世とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】

 

中国の楊貴妃(ようきひ)、日本の小野小町と並んで世界三大美女に数えられる

クレオパトラ7世

美女といわれるだけでも、その正体が気になってくるところですね。

古代エジプト、プトレマイオス朝の女王に君臨した彼女は一体どんな人だったのでしょうか。

彼女が歴史に名を残す理由は、単に容姿が美しいというだけではありません。

そんな波乱だらけのクレオパトラの生涯を辿っていってみましょう。

 

クレオパトラ7世はどんな人?

プロフィール
  • 出身地:古代エジプト
  • クレオパトラ7世

    出典:Wikipedia

  • 生年月日:紀元前69年1月、もしくは紀元前70年12月
  • 死亡年月日:紀元前30年8月29日(享年39歳)
  • 270年以上も古代エジプトを支配したプトレマイオス朝最後の女王 。世界三大美女の一人。

 

クレオパトラ7世 年表

年表

西暦(年齢)

紀元前69年(1歳)父プトレマイオス12世、母クレオパトラ5世の娘として古代エジプトに生まれる。

紀元前51年(18歳)父の遺言により弟プトレマイオス13世と結婚。夫婦で王位を継ぐことに。

紀元前48年(21歳)プトレマイオス13世と対立し、エジプトを追放される。ローマの権力者ガイウス・ユリウス・カエサルによって救われることに。

紀元前47年(22歳)もう一人の弟プトレマイオス14世と結婚、共同統治者となる。

紀元前46年(23歳)愛人となったカエサルが独裁官に任命されたことをきっかけに、カエサルとの息子カエサリオンを連れてローマへ。

紀元前44年(25歳)カエサルが暗殺され、エジプトへ戻る。弟プトレマイオス14世を暗殺し、カエサリオンをエジプトの共同統治者に。

紀元前42年(27歳)カエサルの元腹心、アントニウスを誘惑し愛人関係に。

紀元前40年(29歳)アントニウスとの間に双子アレクサンデル=ヘリオス、クレオパトラ=セレネを出産。

紀元前36年(33歳)アントニウスとの子プトレマイオス=フィラデルフォスを出産。

紀元前30年(39歳)アントニウスと対立したカエサルの後継者オクタウィアヌスに追い詰められ、自害する。

 

知略に優れた女王…権力者を味方につけて生き残った

ローマの権力者カエサルの愛人に

クレオパトラといえば、絶世の美女として知られていますが、男たちをとりこにした魅力の正体はその優れた知性にあります。

クレオパトラは学問に精通し、言語も十以上操るとんでもない才女だったのです。

争いの絶えなかったプトレマイオス朝において、彼女は持ち前の知性を使ったアプローチで権力者を味方につけ、自分の立場を守ってきました。

彼女は弟プトレマイオス13世と対立した際もローマの権力者、カエサルを味方につけることで女王としての立場を奪い取っています。

カエサルによってプトレマイオス13世が処刑されると、もう一人の弟プトレマイオス14世と結婚。

このときもプトレマイオス14世と二人で共同統治者と名乗っていましたが、カエサルの後ろ盾で権力はほとんどクレオパトラのものでした。

ローマを離れたエジプトの地でも権力を誇ったカエサルもさすがですが、カエサルの力を自分の思い通りに扱っていたクレオパトラの知略にも関心させられますね…。

カエサルとクレオパトラの関係は他の記事でも詳しく書いています。

関連記事 >>>> 「カエサルとクレオパトラが結ばれた理由は?国のために奔走する女王」

カエサルの元腹心アントニウスとも

カエサルが暗殺された後も、クレオパトラの権力者へのアプローチは続きます。

次に目を付けたのはカエサルの元腹心で、同じくローマの権力者だったアントニウス

元々アントニウスは、ローマの反逆者ブルータスに手を貸したクレオパトラに罪を問うつもりでいました。

なんとクレオパトラは自分を罪に問おうとしていた人物さえも、誘惑してしまうのです。

このとき兄弟では、プトレマイオス13世と結託していたアルシノエ4世がまだ生きていたのですが、逃亡中の身だった彼女をクレオパトラはアントニウスの手によって処刑させます。

これで兄弟の中でクレオパトラの王位をおびやかす者は、一人もいなくなったわけです。

また彼女は自分がエジプトでの地位を築くことだけでなく、当時圧倒的な勢力を誇ったローマを味方につけることこそ、エジプト存続の道だととらえていたのでしょう。

 

わからないことが多いクレオパトラ

このように数々の権力者を味方につけ、世界有数の美女だといい伝えられるクレオパトラですが、実際のところ本当に美しかったかどうかはわからないのです。

クレオパトラの姿を表わすものは、アントニウスが発行した硬貨に描かれた横顔しか残っていません。

前を向いたらすごい不細工だった…なんてことはないと信じたいですが…。

また毒蛇に自身を噛ませて自殺したという話も有名ですが、それも真意は定かではありません。

権力者を魅了した知性や、女性ながらもときには軍隊を率いるほどのリーダーシップが、彼女に神秘的なイメージを与え、後から付け加えられた逸話も多いのでしょうね。

また彼女を最後にプトレマイオス家の血が途絶えているという点も、よりそのイメージに華を添えています。

 

関連記事 >>>> 「クレオパトラ7世の家系図に迫る!争いの絶えない一家だった?」

 

きょうのまとめ

古代エジプト、プトレマイオス朝の女王クレオパトラ7世。

彼女の人生は権力争いと色恋が入り乱れた、波乱にあふれたものでした。

クレオパトラの人物像を簡単にまとめてみると…

①美しいというよりも、優れた知性やリーダーシップで男性を魅了した

② 権力者を味方につけることで、兄弟の中では最後まで生き残った

③ はっきりとわかっていないことが多く、そのミステリアスなイメージが逸話を後付けしている部分もある

こんなところでしょうか。

謎に包まれていて、ちょっぴり悪どいところもある…そういうところがまた魅力的なんですよね。
 










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