樋口一葉の死因になった肺結核とは?日本では明治時代から大流行

 

明治時代の女流作家・樋口一葉

彼女が小説家として活動したのは、実はたったの14ヶ月でした。

なぜなら樋口一葉は、満24歳という若さでこの世を去ったからです。

一葉の命を奪ったのは、一体何だったのでしょうか。

 

樋口一葉の死因とは

樋口一葉の代表作『たけくらべ』は、森鴎外や幸田露伴などの辛口批評家たちから絶賛されたことでも有名です。

それがきっかけで一葉の名は知れ渡り、彼女の家は文学サロンのようになったそうです。

肺結核はどんな病気?

順風満帆にも見えた作家生活でしたが、一葉に病魔の陰が忍び寄ります。

肺結核です。

肺結核とは、結核菌という細菌が肺などに感染して引き起こされる病気です。

人から人へと感染し、せきやたんなどの症状が出ます。

日本における肺結核の歴史

肺結核を引き起こす結核菌は、古くから日本に存在していたようです。

大陸から渡来人によってもたらされたと考えられていますが、広く流行することはありませんでした。

しかし江戸時代に入ると、徐々に広がっていきます。

そして明治時代の産業革命とともに、急激に罹患(りかん)者が増加ました。

その後昭和20年代頃まで、肺結核は「国民病」と呼ばれるほどまん延していたのです。

肺結核に効く抗生物質が発見されたのが昭和19年。

それ以前、肺結核は不治の病とされていました。

樋口一葉「奇跡の14ヶ月」

どうやら一葉は、22歳の頃にはすでに肺結核の症状が出ていたようです。

ですが彼女は生活のため、必死に小説を書いていました。

肺結核ではないと、自分をだましだまし過ごしていたといわれています。

しかし、病状が進行。

明治29年11月23日、樋口一葉は24歳6カ月でこの世を去りました。

病気に悩みながらも、樋口一葉が傑作を生み出した期間は、「奇跡の14ヶ月」と呼ばれます。

肺結核で亡くなった偉人

このように、肺結核にかかってしまうことは珍しくありませんでした。

肺結核で命を落とした偉人は、樋口一葉の他にもたくさんいるので何名かご紹介します。

  • 瀧廉太郎(作曲家・享年23歳)
  • 沖田総司(新撰組隊員・享年24~27歳)
  • 石川啄木(歌人・享年26歳)
  • 正岡子規(俳人・享年34歳)
  • 高杉晋作(長州藩士・享年29歳)
  • 陸奥宗光(政治家・享年53歳)
  • 小村寿太郎(外交官・享年56歳)

 

他にも戦国武将の武田信玄なども、肺結核によって亡くなったとする説もあるようです。

きょうのまとめ

今回は五千円札の肖像でもお馴染み、樋口一葉の死因である肺結核などについて簡単にご紹介しました。

① 樋口一葉は肺結核によって満24歳で亡くなった

② 肺結核は明治時代から急激に広まり、国民病と呼ばれていた

③ 樋口一葉の他にも肺結核で亡くなった偉人はたくさんいる

こちらのサイトでは他にも、樋口一葉にまつわる記事をわかりやすく書いています。

より理解を深めたい方は、ぜひお読みになってくださいね!

 

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