樋口一葉がお札に選ばれた理由とは?本人はお金に苦労していた

 

2004年、20年ぶりに日本の紙幣のデザインが変更されました。

一万円札の福沢諭吉は変わらなかったものの、

五千円札は新渡戸稲造から明治時代の小説家

樋口一葉とへ変更されました。

女性が紙幣の肖像になるのは、神功皇后以来の快挙です。

ではなぜ、樋口一葉が五千円札の肖像に選ばれたのでしょうか。

今回は樋口一葉が選ばれた理由と他に考えられる候補者、さらに樋口一葉のお金にまつわるエピソードについてご紹介します。

 

樋口一葉がお札になった理由とは?

樋口一葉が選ばれた理由の前に、まずはどのような人がお札の肖像に選ばれるのかを見ていきましょう。

財務省が採用基準を発表しているので、こちらをご覧ください。

紙幣は、老若男女すべての人が使用するものであることから、学校の教科書にも登場するなど、一般に良く知られており、また、偽造防止の目的から、なるべく精密な人物像の写真・絵画を手に入れられる人物であることなどを基準に、採用しています。

【出典】財務省HP

なるほど、知名度が高いだけでなく、お札が偽造されないように精密な写真などが残っている人である必要があるのですね。

財務省が発表した理由

そして結論です。

財務省は五千円札の肖像に樋口一葉を選んだ理由として、下記のコメントを発表しています。

女性の社会進出の進展に配意し、また、学校の教科書にも登場するなど、知名度の高い文化人の女性の中から採用したものです。樋口一葉の肖像画は東京都台東区の一葉記念館所蔵の写真を素材としています。

【出典】財務省HP

ということで樋口一葉が選ばれた理由は、

  • 女性だったから
  • 学校の教科書に載っているから
  • 精密な写真が入手できるから

といえます。

他に候補者はいなかったのか?

樋口一葉が紙幣の肖像に採用された理由はわかりました。

ですが、上記の三つの要件を充たす人物は他にもいたのではないでしょうか。

それではネット上でも噂になった二人の女性について、順に見ていくことにしましょう。

津田梅子

まずは6歳でアメリカに渡り、帰国後は女子英学塾(現在の津田塾大学)を創設した津田梅子です。

教科書にも記述があり、知名度も抜群だと思います。

女性の社会進出に配慮するなら、女性の高等教育に尽力した津田梅子もふさわしいのではないでしょうか。

さらに津田塾大学のHPをご覧いただくとわかる通り、精密な写真が残っているではありませんか。

むしろ樋口一葉よりも陰影がくっきりして、鮮明に見えます。

次回に期待ですね。

 

与謝野晶子

次は『みだれ髪』や「君死にたまふことなかれ」の詩などで有名な歌人・与謝野晶子です。

与謝野晶子も知名度は高く、鮮明な写真も残っています。

さらに一説によると、与謝野晶子は樋口一葉とともに候補に残っていたとされています。

ということは、こちらも次回に期待です。

 

経済的に苦しかった樋口一葉

さて、激戦を勝ち抜き(?)五千円札の肖像に選ばれた樋口一葉。

実は、本人は大変お金で苦労していました。

樋口一葉が数えで18歳の頃、父親が事業に失敗し、亡くなっています。

そのため一葉は若くして父の借金を背負い、さらに家族まで養わなければならなくなったのでした。

一家は針仕事などで生計を立てていたものの、借金をすることも多かったとか。

一葉が借金を申し込むと、妾になる話を持ち掛けられるなど、とにかく苦労を重ねていたようです。

それを思うと、せめてお札の肖像にしてあげたくもなります。

 

きょうのまとめ

今回は、樋口一葉が五千円札の肖像に選ばれた理由や一葉とお金にまつわるエピソードなどについてご紹介しました。

① 性別・知名度・精密な写真という基準を充たしたため、樋口一葉が選ばれた

② 津田梅子や与謝野晶子にも、お札の肖像に選ばれる可能性があると考えられる

③ 樋口一葉自身は経済的に苦しい思いをしていた

こちらのサイトでは他にも、樋口一葉にまつわる記事をわかりやすく書いています。

より理解を深めたい方は、ぜひお読みになってくださいね!

 

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