豊臣秀吉の家系図を簡単に紐解く!お市の方と茶々

 

天下統一を成し遂げた豊臣秀吉

その家系図を紐解くと、
この偉業を成し遂げるために不可欠な人物とのつながりが見えてきます。

そして戦国の三英傑、

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康がどのようにつながっていたのかも見えてくるのです。

その関係をつなぐキーパーソンとは?

 

豊臣秀吉の家系図

まずは豊臣秀吉の家系図をみてみましょう。

戦国の三英傑のつながりがさくっとわかりますね。

それでは本文に進みましょう。

家系図といったりきたりしながら、読み進めて頂くと分かりやすいかもしれません。

豊臣秀吉の家系図

秀吉の出自と兄弟姉妹

秀吉の父は「木下弥右衛門(きのした・やえもん)」
母は「なか」です。

弥右衛門は、
秀吉が7歳の時にこの世を去っており、
後に「なか」が再婚した「竹阿弥(ちくあみ)」が秀吉の義理の父となります。

実姉「智」と甥の「秀次」

実父、木下弥右衛門と母なかの間には、
秀吉とその姉「智」が生まれています。

姉が、後に養子縁組をすることになる秀次は、
子供に恵まれなかった秀吉から可愛がられ、
関白の位を譲り受け2代目となるのです。

しかし後年、茶々との間に嫡男「秀頼」が生まれると、秀次は切腹へと追い込まれます。

異父弟「秀長」と異父妹「旭姫」

義父の竹阿弥と、
なかとの間に生まれ秀吉の異父弟・妹となるのが、
「秀長」「旭姫(あさひひめ)」です。

秀長は人心を掴むことに優れ、
その卓越した交渉能力で内外の政務・軍事の両面で貢献します。

そして秀吉の右腕として政権を支えることになります。

天下人となっていく秀吉に対して物申すことのできた人物でもあったため、
急速に大きくなっていく豊臣政権にとって特に貴重な存在でした。

一方、旭姫は40歳半ばに秀吉に夫と離縁させられ、
徳川家康を懐柔するための縁組がなされます。

いわゆる政略結婚です。

形はどうあれ、旭姫は家康の正室として迎えられることになるため、
秀吉と家康は「義理の兄弟」となるのです。

 

戦国の三英傑のつながり

 

秀吉にとっての主君「織田信長」とライバル「徳川家康」。

家系図を紐解いていくと、
この3人のつながりが、
天下統一にとっても重要だったことが見えてきます。

キーパーソン「お市の方」と「茶々」

浅井長政に嫁ぐことになる、
織田信長の妹「お市の方」

お市の方は長政との間に、

「江(ごう)」、

「初(はつ)」、

「茶々(ちゃちゃ)」

という3人の娘をもうけます。

この3姉妹のうち、
江は徳川家康の嫡男「秀忠」に嫁ぎ、
茶々は秀吉の側室となるのです。

ここに、お市の方、江、茶々という3名を介して、
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が家系図でつながったことになります。

豊臣秀頼と徳川家光

徳川秀忠と江の間には、
「千姫」「家光」が生まれ、一方、秀吉と茶々との間には、「秀頼」が誕生します。

千姫は秀頼に嫁ぐことになるので、
豊臣家と徳川家の密接な関係が見て取れます。

しかしながら、天下人は1人

秀頼が次代を担うはずであった豊臣家は、
徳川家に射ち滅ぼされます。

秀頼の義理の兄弟あたる家光が、
天下を取った徳川政権を盤石にしていくことになるのです。

きょうのまとめ

戦国の世をまとめ、

最初の天下人となる秀吉の家系図では、次のことが見えてきます。

① 秀吉の右腕。人心掌握に優れた異父弟「秀長」

② 戦国の三英傑をつなぐ「お市の方」とその娘「江」と「茶々」

天下統一という一つの目標に向かい、覇権を争う以上、

政略が絡んでその婚姻関係も形成されていきます。

家系図を紐解くことで、

その時代のさまざまな人間ドラマが垣間見え、

歴史を学ぶことを、より興味深いものにしてくれることでしょう。

 

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