徳川吉宗と華麗なる将軍家の家系図

 

家系図というのはどこでもややこしいものです。

徳川将軍家においてもそうです。

紀州家だの一橋家だのとこんがらがってしまいます。

さて、今回は江戸幕府将軍家歴代の中でもちょうど真ん中に位置する

徳川吉宗から

その前後の系譜(けいふ)について見て参りたいと思います。

 

徳川吉宗の家系図

まずは、徳川家の家系図から。

家系図

徳川吉宗の紀州家は徳川御三家(ごさんけ)の一つ

まず、初代将軍徳川家康は大変な子だくさんでした。

早いうちに織田信長に因縁を付けられて泣く泣く自分たちの手で殺さなければならなくなった長男の信康。

幼くして豊臣秀吉の人質となり、側室の子ということで大人になってもずっと将軍にはなれなかった秀康。

表向きの評判は「 あんまり 」。

ですが、実は江戸幕府の足固めをしっかりしたと近頃評判花丸急上昇!
2代将軍となった秀忠

そして、後に御三家の祖となった
尾張藩の義直(よしなお)。

紀州藩の頼宣(よりのぶ)。

水戸藩の頼房(よりふさ)。

吉宗はこの中の紀州頼宣の孫にあたります。

 

徳川秀忠から徳川吉宗へ

まず、将軍直系は2代秀忠から家光家綱綱吉と続き、
綱吉に男の子がいなかったので替わりに兄綱重の子甲府藩主の家宣(いえのぶ)を6代将軍に迎えます。

しかし、その子7代家継(いえつぐ)が7才足らずで亡くなってしまい、後継ぎがなくて困ってしまいました。

徳川吉宗という人は紀州藩でも父であり藩主である光貞(みつさだ)の四男として生まれました。

この時点で藩主の後を継ぐ可能性はほとんどありません。

しかし、父や兄たちが次々と亡くなり、吉宗が藩を継ぐこととなりました。

幕府将軍になる時も、
ほかに舘林(たてばやし)藩主で家継の叔父、松平清武(まつだいらきよたけ)。

尾張藩主の徳川継友(つぐとも)。

といった有力者がおりましたが、
清武は地元舘林での政治実績があまりかんばしくなく。

他家の養子になったことがあり。

高齢なのに生存する子どもがいない。
として将軍候補から外れました。

最大のライバル継友は6、7代将軍の時幕政の主役だった新井白石(あらいはくせき)や間部詮房(まなべあきふさ)と仲が良かったのが災いしました。

白石らを嫌う幕臣、さらには天英院という大奥からの引き立てもあり、吉宗8代将軍に選ばれました。

絵島事件

ちなみに吉宗が選ばれる前の話です。

6代将軍家宣の正妻に天英院がおりました。

家宣の側室に月光院がおりました。

二人は次期将軍を誰にするかでもめていたといいます。

そんな折も折、この頃、こんな事件が起こってしまいました。

月光院によく仕えた絵島という女中がおりました。

この絵島が上野の寛永寺などを参拝した帰りに歌舞伎見物に訪れました。

ですが、帰りが遅くなってとうとう江戸城の門限を破ってしまいました。

「 何たる風紀の乱れ 」

幕府が調べ上げればなんと、

あの絵島がものすごいイケメン歌舞伎役者”生島新五郎”と密かに会っていたっていうんです。

「 こいつは許せん 」

と、そのまま絵島は信州高遠に流され、一生軟禁。

上司の月光院一派はつるし上げを食らい。

吉宗は天英院派の支えもあって無事8代将軍に就任できたとの話です。

どこまでが本当の話なのでしょうか。

徳川吉宗の子孫と“御三卿”

徳川吉宗は四男一女をもうけたとされますが、
その中でも長男家重(いえしげ)には9代将軍を継がせ、
次男宗武(むねたけ)には田安(たやす)家を、
四男宗尹(むねただ)には一橋(ひとつばし)家をおこさせます。

さらに家重は長男家治(いえはる)に10代将軍を継がせると、
次男重好(しげよし)には清水家をおこさせます。

この「 田安 」「 一橋 」「 清水 」の三家を御三卿といい、特に「 一橋家 」は将軍を続々輩出し、幕末の動乱にも大いにかかわってきます。

 

きょうのまとめ

まあ、時にいろいろあるのは我々も徳川家も変わりません。

が、その系譜(けいふ)は大河のように脈々と受け継がれてゆきました。

徳川以外の歴史も参考にすれば、
それぞれの理想とする系譜の受け継ぎ方がより鮮明になってくるでしょう。

① 徳川家康の子孫には将軍宗家以外に「 紀州家 」「 尾張家 」「 水戸家 」の御三家があり、吉宗は「 紀州家 」出身

② 吉宗は紀州家の四男で元々将軍になる見込みはほとんどなかったが、いろんな偶然が重なり、急にその位が転がり込んできた。

③ 吉宗の子孫たちが「 田安家 」「 一橋家 」「 清水家 」の御三卿を立ち上げさせた

そして、
私たち「 人 」というものは必ずご先祖があって今生きております。

ですから、自分や誰かのことを突きつめてみたいなら、

その家系をたどることによって意外な由来や共通点が浮き上がってきたりします。

もちろん、誰かをたどる時はマナーの範囲内でお願いいたします。

歴史は悠久の時と無数の人と自然がつむぎあげたビッグデータです。

ぜひ、それぞれの求めるよき参考にしてください。

 

関連記事 >>>> 「徳川吉宗とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】」

 










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