坂本龍馬~写真の人物は本物の龍馬?の謎~

 

坂本龍馬の写真といえば、何を思い浮かべますか?

メディア等でよく用いられている写真はだいたい決まっていますから、

イメージする写真も限られてくるのではないでしょうか。

しかし、”龍馬の写真”とされているものに写っているのは、果たして本物の龍馬なのでしょうか?

一体誰が「 あの人は龍馬だ 」と言ったのでしょうか。

そこで今回は、龍馬の写真にまつわる謎についてご紹介します。

坂本龍馬の写真は本人なのか?

坂本龍馬の写真は、今のところ6種類が残されているそうです。

高知県の桂浜にある龍馬像も、残された写真をもとにして作成されました。

ネット上ではちらほら、「 あの写真は龍馬本人なのか!? 」という声が見られます。

ですが、写真に写っているのは、どうやら本物だそうですよ。

龍馬が京都の近江屋で暗殺されたのは1867年ですが、

龍馬と交流のあった土佐藩出身の田中光顕という人物は1939年(昭和14年)まで生きているのです。

田中光顕は桂浜に置かれることとなる龍馬像の製作に関わっていたようですし、

1912年に発行された冊子『維新土佐勤王史』の作成にも関わっています。

『 維新土佐勤王史 』には龍馬の写真が掲載されていたようです。

そのため”龍馬の写真”に写っているのは、坂本龍馬本人で間違いがないようです。

なぜ龍馬は写真を撮ったのか?

では、なぜ坂本龍馬は写真を撮ったのでしょうか。

そんな疑問が浮かぶのは、

西郷隆盛には暗殺を恐れて写真を撮らせなかったという説があるからです。

龍馬が写真を撮った理由、答えは当時の慣習にありそうです。

当時の人びとは、

「 名刺代わりに写真を配る 」ことがあったといいます。

龍馬もそうであったことから、遠く離れた場所であっても同じ写真を保有しているケースがあるようです。

そのため、色々な人々が龍馬の写真を持っていました。

なにせ龍馬は5年間で約2万キロもの距離を移動したことでも知られていますからね。

地球1周は約4万キロだそうなので、ほぼ半周していることになります。

写真からも、龍馬の行動力の凄さがわかりますよね。

いつ頃どこで撮られた写真なのか?

龍馬の写真の中でも特に有名なのは、刀を腰に差し、立っている写真ではないでしょうか。

あの写真は、1866年頃に長崎で撮影されたと言われています。

ということは、写真に写っている龍馬は数え年で32歳くらいということになります。

亡くなる1年前のことですね。

写真を撮影したのは上野彦馬(うえの・ひこま)という人物だそうです。

上野は幕末において「 東の下岡蓮杖(しもおか・れんじょう) 西の上野彦馬 」と言われたほど、著名な写真家でした。

亀山社中の結成など、龍馬は長崎を拠点に活動していた時期があります。

ですから、長崎という場所で撮られたというのは大いに納得ができますね。

しかし撮影者については、別の説があるようです。

撮影者とされている上野の弟子に、土佐藩出身の井上俊三という人物がいました。

どうやら上野彦馬のスタジオを使って、井上が撮影したのかもしれないということです。

当時、土佐藩出身の人間は、井上に無料で撮影してもらうことが多かったといいます。

その上、龍馬の写真の原板は井上家に保存されていました。

ということで、撮影したのは井上俊三であるという見方も強まっています。

きょうのまとめ

今回は、龍馬の写真の謎についてまとめましたがいかがでしたでしょうか。

龍馬の写真は、

① 写っているのは本人で間違いがないらしい

② 名刺代わりに各地で配っていたので、色々な人が保有していた

③ 一番有名なものを撮影したのは土佐藩出身の井上俊三?

ということでした。

坂本龍馬については、他にも記事を書いています。

興味の湧いた方は、ぜひご覧になってくださいね。

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