劉邦の家系図を知る

 

劉邦(りゅうほう)は漢を建国したことでとても有名ですが、

彼の一族についてあまりご存知ではない方も多いのではないでしょうか。

人望の厚さで出世して数多くの有能な部下から支えられ、

ついに漢の建国という偉業を成し遂げた劉邦の一族には、いったいどんな人がいたのでしょう。

今回は、劉邦の家系図について調べて、面白いエピソードが残っている人物についてまとめてみました。

そもそも劉という一族の起源は?

劉邦の一族について調べる前に、劉という一族の起源と現在について調べてみました。

という氏は、中国の氏の一つです。

現代中国においても最も数の多い五大姓の一つに数えられるほど、大勢の人がいます。

ちなみに、中国の五大姓とは「 王・李・張・劉・陳 」です。

劉という氏の人は2006年11月には6528万人もいました。

そんな劉氏の起源は堯(ぎょう)の子孫である祁(き)姓です。

堯の嫡流の子孫が劉邑に封じられたことがきっかけで、その地名を氏としたことが劉の起源だとされています。

祁姓の劉氏には、夏孔甲(かこうこう)の世に竜を御する名手、劉累(りゅうるい)という人物がいます。

劉邦の一族で有名な人は?

劉邦の直系の一族で有名な人について調べてみました。

呂雉(りょち)は劉邦の正妻で、中国の三大悪女としても有名で彼女についてまとめたものは多いので、彼女以外の人を紹介させてください。

次の段落から、劉邦のお父さんである劉太公と息子で漢の2代目皇帝となった劉盈(りゅうえい)について紹介します。

劉太公

劉太公は農業を営んでいました。

三男である劉邦は遊び人で酒好きという一面もあって、あまり親子関係は良くなかったようです。

記録にも

父上は私のことをろくでなしだと言って、兄たちのことをよく褒めていた。

と劉邦が言っていたという内容が残っています。

このように親子仲があまりよくなかったという記述も残っていますが、劉邦が項羽と天下を争うようになると、父親である劉太公もこの戦いに巻き込まれていくことになります。

彭城(ほうじょう)の戦いで劉邦が項羽に負けた時には、呂雉と共に項羽に捕らえられて約3年間も人質として生活を送ることになってしまいました。

劉太公が人質としての生活から解放されて何とか劉邦の陣営に戻ることができると、その直後に劉邦は項羽と結んでいた講和を一方的に破棄して項羽を追い詰め、垓下(がいか)の戦いで項羽を自殺に追い込みんで戦いに勝利し、漢を建国します。

劉邦が漢の初代皇帝になると劉太公は「 太上皇 」の称号を奉られ、周囲からも尊敬されましたが、劉邦との関係があまりよくなかったために、彼にとって太上皇という地位はあまり居心地の良いものではなかったようです。

劉盈

劉盈は劉邦がまだ無名で地方の役人だった時に、呂雉との間に生まれた息子です。

彼が父である劉邦と再会したのは、彭城の戦いで劉邦が大敗した時でした。

親子の感動の再会になるかと思いきや、この戦で項羽の強さに驚いた劉邦は早く逃げようとして馬車を軽くしようと劉盈を馬車から突き落とします。

この時劉盈は劉邦の部下に助けられて何とか命を落とさずに済みました。

劉邦が皇帝に即位すると劉盈は皇太子に立てられましたが、性格が父親と合わなかったために親子関係があまり上手くいかなかったようです。

どう性格が異なっていたかというと、劉邦は皇帝になるまでは部下達の意見にもしっかり耳を傾ける器の広い人物だったのですが、皇帝になってからは次第に疑心暗鬼になって昔からの部下達を降格したり、謀反の疑いをかけて処罰したりと残忍な一面も濃くなっていきました。

しかし劉盈は温和な性格をしていたため、劉邦からは気にいられなかったのです。

劉邦は自分の息子の中でもお気に入りだった戚氏(いし)の子の劉如意(りゅうにょい)を皇太子にしようとして何度も劉盈の皇太子の地位を廃そうと試みたのですが、呂雉を初めとする呂氏一族や張良などの支援で劉盈は皇太子の地位を確保した。

劉邦が亡くなると劉盈は皇帝に即位して恵帝となりますが、政治は皇太后となった呂雉が行っていました。

呂雉は自分の息子を守るため、一族に権力を集めるために劉邦の側室や息子達を殺害していき、特に劉邦のお気に入りの側室だった威夫人を残酷な殺し方をしたことで有名です。

劉盈は自分の母の残忍さに驚きショックを受けて、政治を全く行わなくなり酒浸りにもなって、20代という若さで亡くなります。

今日のまとめ

今日調べたことで、劉という一族が中国ではとても人口の多い一族であることが分かりました。

劉邦は賢人、人格者として知られていますが、

若い頃には人望はあっても遊び人だったために実の父親とあまりよい関係を築くことができなかったこと、

漢の2代皇帝の恵帝とも確執があったことが分かりました。

親族の目から見てみると、劉邦の他の一面についてもっと知ることができるかもしれません。










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