野口英世の母親が書いた手紙が泣かせる!シカの生涯とあわせて説明

 

野口英世母親が書いた手紙をご存じでしょうか。

当時、すでに世界的に有名になっていた息子・英世に宛てたものです。

息子に帰国を促す内容なのですが、これが非常に胸を打つのです。

そこで今回は、野口英世の母・シカとその手紙について簡単にご紹介します。

 

野口英世の母・シカとは?

手紙の内容の前に、まずはシカがどんな人生を送ったのか説明していきますね。

幼い頃から働き教育を受ける機会がなかった

シカは嘉永6年、現在の福島県猪苗代町に生まれました。

時はいわゆる幕末ですね。

江戸時代の教育機関といえば寺子屋ですが、シカは通うことができなかったのです。

それは幼い頃から生計を立てるため、丁稚奉公(でっちぼうこう)をしていたからです。

寺子屋の先生に頼んで文字を習ったことはあったようですが、しっかりとした教育を受ける機会には恵まれませんでした。

息子・英世の大やけどを後悔

やがてシカは、佐代助(野口英世の父)と結婚します。

佐代助は酒と博打(ばくち)が大好きで、あまり働かなかったとか。

さらに野口英世がまだ赤ちゃんだった頃、シカを悲劇が襲います。

畑作業をしていると、息子がいろりに落ち、左手に大やけどをしてしまったのです。

村には医者もいなかったため、適切な処置を施すことはできませんでした。

そのため、息子の左手の指は開かなくなってしまいます。

シカはこの出来事を、非常に後悔しました。

息子は将来、農家を継ぐことはできない。

そう思ったシカは、学問で身を立てさせようと考えました。

ですが、教育を受けさせるためにはお金がかかります。

そこでシカは昼夜問わず働き、見事息子を進学させました。

 

文字を思い出しながら書いた手紙

一方、息子の野口英世も母親の期待に応え、猛勉強します。

医師免許を取得し、さらに研究に励むために渡米。

そして毒蛇や梅毒の研究で世界に認められてきた頃、野口に一通の手紙が届きました。

感動してしまう手紙の内容

それは母親のシカの、自筆の手紙でした。

字が書けないと思っていた母親が、日本に早く帰ってきて欲しいとアメリカに手紙をよこしたのです。

手紙はひらがな・カタカナ混じりで書かれており、文字は決して上手ではありません。

ですが、幼い頃に覚えた文字を思い出して一生懸命に書いたことが伝わってきます。

その一部(訳)がこちらです。

どうか早く帰って来てください。
お前にお金をもらったことは誰にも言いません。
それを聞かせると、みんな飲まれてしまいます。
早く帰って来てください。
早く帰って来てください。
早く帰って来てください。
早く帰って来てください。
一生のお願いです。

(引用:NHK高校講座ベーシック国語「第40回 言葉を伝える」

なんと「早く帰って来てください」を5回も!

多忙な野口英世といえども、この手紙を受け取ったら、日本へ帰らないわけにはいかなくなりました。

15年ぶりの帰国

とはいえ、野口英世の一時帰国が実現したのは、手紙を受け取ってから3年も後のことでした。

野口はシカを連れ、東京や関西へと旅行に出掛けます。

その親孝行ぶりは、周囲で見ていた人をも感動させたようです。

それからわずか3年後、シカはスペイン風邪(※)によって亡くなりました。

※スペイン風邪とは当時世界中で流行したインフルエンザのことです。

 

きょうのまとめ

今回は野口英世の母・シカについてご紹介しました。

野口英世の母は、

ここにタイトル
① 幼い頃から働いていたため、教育を受けることができなかった

② 息子・野口英世を進学させるため、一生懸命すぎるほど働いた

③ かつて覚えた文字を思い出しながら、アメリカにいる息子に手紙を書いた

④ 手紙をきっかけに、息子は15年ぶりに帰国して親孝行をした

こちらのサイトでは他にも、野口英世にまつわる記事をわかりやすく書いています。

より理解を深めたい方は、ぜひお読みになってくださいね。

 

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