前島密の名言からもわかる謙虚な性格について

 

近代郵便制度の基礎を作った人物として有名な前島密

名前はご存じかと思いますが、その人となりはあまり見えてきませんよね?

そこで今回は前島密の名言とともに、彼の性格をご紹介していきます。

 

前島密の名言

郵便制度の創設者として有名な前島密ですが、彼が残した功績はそれだけではありません。

電話・新聞・鉄道・海運・保険・教育といった分野においても、前島密は日本のために尽力していたのです。

前島密が取り組んだことは、当時の日本が近代国家へと生まれ変わるには必要不可欠なものばかりです。

これだけの仕事を成し遂げたら、威張っていたのかと思いきや、本人はとても謙虚な人物だったとか。

そんな前島密の人間性が伝わる名言がこちらです。

縁の下の力持ちになることを厭うな。

人のためによかれと願う心を常に持てよ。

これは前島密の信条で、実際に彼は優秀な人物ながら、人生で表舞台に立つことはそう多くはありませんでした。

大久保利通宛ての手紙

また、前島密の性格がわかる、こんなエピソードもあります。

もしかしたら、現在の日本の首都は東京ではなく、大阪だった可能性があることをご存知でしょうか。

当時、政府内で大きな力を持っていた大久保利通などが、大阪遷都(せんと)論を唱えていたからです。

江戸遷都論

しかし、そんな大久保に対して「 江戸遷都論 」を建言した人物がいました。

それが前島密です。

大久保に手紙を送ったのですが、差出人の名前は前島来輔。

来輔とは、密以前に使用していた名前でした。

このときの手紙は、大久保の判断にも影響を及ぼしたと言われています。

しゃしゃり出ない

その結果、東京が日本の首都となったわけですが、大久保はのちに前島密にこんなことを話したそうです。

あのとき前島来輔という人物が江戸遷都に関する意見をくれたが、今でも誰なのかわからないと。

大久保は、下の名前が違うので別人だと思っていたようです。

すると前島密も思わず、それは自分であると伝えたそうです。

聞かれるまで話さない。

決してしゃしゃり出ないとうところも、前島密の魅力なのではないでしょうか。

実際にこのことがきっかけで、大久保利通からの信頼は確固たるものになったのだとか。

きょうのまとめ

今回は前島密の名言と、それにまつわるエピソードをご紹介しました。

① 前島密は郵便事業のほかにも、数々の功績を遺した

② 優秀であったものの、多くは裏方として仕事をしていた

③ しゃしゃり出ない性格によって、大久保利通から信頼を得た

こちらのサイトでは他にも前島密にまつわる記事を、わかりやすく書いています。

より理解を深めたい方は、ぜひご覧になってくださいね!

 

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