関羽雲長の身長は2mを超えていた?

 

関羽雲長かんううんちょうについてご存知ですか?

関羽雲長は、劉備玄徳のとても優秀な武将の一人で、多くの武功を立てていました。

忠誠心が厚く、敵である曹操からも評価されていました。

今回は関羽雲長の身長と強さが分かるエピソードを調べてみました。

 

関羽雲長の強さが分かるエピーソード

2mを超える??

関羽雲長はの身長は、

小説の『三国志演義』によると

「9尺を超える身長の持ち主」

という記述が残っています。

現在の1尺は約30.3cmですが、三国時代では1尺は23~24cmだとされており、関羽雲長の身長は216cmほどだと計算されます。

18kgの愛刀

関羽雲長は冷艶鋸れいえんきょという愛刀を振り回して戦うほどの、怪力の持ち主でもありました。

冷艶鋸は重さが82斤(約18㎏)もあったとされています。

我慢強い

関羽雲長は、戦いの際に毒矢を受けたことがありました。

その毒矢の傷はとても深く、骨まで毒が染み込んでしまうほどの大怪我でした。

関羽雲長はその大怪我を折った際、宴会の最中にもかかわらず毒矢で受けた傷の部分を切開して削り取らせました。

大怪我を負った部分が削り取られるほどの大変な処置を受けながら、関羽雲長は痛みを表に出さずに談笑をしながら酒を飲み続けたそうです。

 

関羽雲長はとても忠誠心が厚かった

関羽雲長は、最後まで劉備玄徳の忠実な家臣でした。

関羽雲長の武功はとても曹操からも評価されていました。

曹操は関羽雲長を自分のもとに引き入れようと、関羽雲長に対して多くの報酬を与えたり、丁重に彼のことをもてなしたりと努力していました。

しかし関羽雲長は、

自分は劉備玄徳を裏切ることはできない、

曹操への恩返しが済んだら劉備玄徳のもとに帰る

と堂々と答え、その真の通った姿に曹操は感動します。

その後関羽雲長は、自分へのもてなしの感謝の気持ちなどを手紙に書いて曹操のもとを去ります。

曹操の家臣は逃げた関羽雲長を追おうとしますが、

曹操は

「彼を追ってはいけない」

と止めたそうです。

劉備玄徳からは身辺警護を任せられるほど、関羽雲長は劉備玄徳から信頼を得た忠誠心の厚い家臣の一人でした。

 

きょうのまとめ

今回は関羽雲長の身長と、彼の強さと忠誠心が伝わるエピソードについて紹介しました。

平均身長を大きく上回る身長と怪力は、武功を立てるときに大いに役に立ったと考えることができます。

また関羽雲長について調べたことで、関羽雲長のような腕の立つ豪傑から厚い忠誠心を寄せられる

劉備玄徳の器の大きさを改めて感じることができます。

 

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