破戒の名僧一休宗純名言集8選 〜理屈よりまず、人間だもの〜

 

一休宗純

むかしはかわいい男の子のトンチ話でみんなに好きで愛されていたのです。

が、近頃はめっきり大人になってしまいました(愉)。

世の酸いも甘いもかぎ分けた中で、暴露してしまうそのうさんくささもふくめてたいへんい味わい深い名言とエピソードの数々。

わたしもちょっとあやかってみようかな。

カーーーーーーッツ!!(E〇レビジョン)

 

破戒の名僧一休宗純名言集8選

門松は冥土の旅の一里塚

門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし

門松といえば当時すでにお正月のシンボルです。

日本で一番晴れやかな季節。

が、一休さんはそうではありません。

なんせツエの頭に「どくろマーク」をくっつけて

「ごようじん!ごようじん!」

とさけびながら練り歩いていたようです。

釈迦(しゃか)といふ いたづらものが 世にいでて

釈迦(しゃか)といふ いたづらものが 世にいでて おほくの人を まよはすかな

えらい人の意見というのは好対なものが多いような気がします。

というよりなにごとも答えはひとつではないのでしょうか。

お釈迦さんは人間の“欲”というものに恬淡(てんたん)です。

できるだけそいでそいでそぎ落として、なんなら「もの」になっちゃうぐらいが理想。

なんせ“欲”こそが人間の苦しみのもとですからね。

確かに。

そうなのですが、真逆の意見をたたえあげるえらい思想家さんはいっぱいおります。

ドイツのフリードリヒ・ニーチェなどは

「人間なんだから、もっと人間らしさをつきつめてかないと、悟りなんて上っ面だよ」

的なことを言っております。

一休さんもこれと似たところがありますね。

成長の道というのは結局千差万別。

わたしは一休のように「これだから」と決まったことの真逆を検証する姿勢は好きです。

とともに、一つの意見に凝り固まるのはとても危険だと思います。

実のところ、お釈迦さんもニーチェも

「やり方はいっぱいあるべきだよ」

と言っております。

秋風一夜百千年

秋風一夜百千年

「あなたとともにいるこの秋風の一夜は百千年と同じ価値があるよ」

という意味です。

禅僧一休宗純。

なかなかの挑発的な物言いです。

お相手はやはり森女(一休さんの恋人。盲目の女性だった)さん?

花は桜木、人は武士

花は桜木、人は武士、柱は桧(ひのき)、魚は鯛(たい)、小袖 (こそで)はもみじ、花はみよしの

花はやっぱり桜だよね。

人はいさぎよい武士(※1)。

柱は強くて、香りがあまい桧。

魚はそりゃ「めで鯛」。

小袖(着物の一種)はモミジがらが一番(どう考えてもモデルは女性でしょう)かな。

そして、桜といえばやっぱ吉野っしょ(※2)!

(※1)「応仁の乱」を経験して気持ちが少し変わってしまったかもしれませんね。あるいは、大半はまともでも一部の人たちがどえりゃあかったのでああなってしまったのでしょうか。いずれにしろあんなことは金輪際やめていただきたいです。

(※2)奈良県中部にある山桜の名所。今も上・中・下・奥の千本などと有名。

女をば 法の御蔵と 云うぞ実に

女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨(だるま)も ひょいひょいと生む

思想家には先ほど述べたように「生」へと向いた人と「死」へと向いた人がおります。

人間の本能を賛歌する「生」の思想では、「女性」というものはまさに「生」のシンボル。

古来のアニミズム、大地や太陽への信仰をもほうふつとさせますね。

釈迦や達磨(※)はそういったものを極力制御することに「生」をのぞみます。

(※)あの「だるまさん人形」のモデル。インドのお坊さん。中国に禅宗をつたえました。

世の中は 起きて箱して

世の中は 起きて箱して 寝て食って 後は死ぬを 待つばかりなり

「箱して」というのは“おトイレ”をすることです。

南無釈迦じゃ 娑婆(しゃば)じゃ地獄じゃ

南無釈迦じゃ 娑婆(しゃば)じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ どうじゃこうじゃと いうが愚かじゃ

娑婆というのはこの世のことです。

もともとはよかれだったのかもしれませんが。

いつの間にやらこんがらがってややこしくなって。

本来の目的は何のためだったの?

と思うことはまさに娑婆で生きているかぎりしばしばですよね。

なんなら、だれかが得をするための「お題目」にすらなっていることも。

仏法の世界も無縁ではないのでしょう。

「死にたくない」

一休、いまわの一言だといわれます。

 

きょうのまとめ

① 一休宗純は世の中のあたりまえを裏からも見ようとする

② 一休宗純は仏僧にありながら、人間本来の本能のあり方に根差そうとしている

③ 一休宗純は亡くなるまぎわまで素直

いかに本能を重んじるといってもただのやりたい放題をほめてはいないと思いますよ。

一休さんがあの「応仁の乱」をどう思っていたことでしょう。

ちなみにニーチェもそういう人たちを“ならず者”などと卑下しておりますからね。

結局あの乱世が終わった後、天下太平は260年。

そういえばお釈迦さんも、生まれつき病弱だったり、王子なのに国を捨てて出家してしまったり、これまでずっと必死にやってきた“苦行”を根本的な間違いだとしてやりなおさなければならなくなったり、一番期待していた弟子が先に亡くなったり。

人間をきたえあげる一番とはやはり失敗なのでしょうか。

 










合わせて読みたい記事



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

twenty − 2 =