張飛の妻とはどんな人物?

 

「虎髭を生やして身長が高く、

ごつごつした頭にぐりぐりの目玉を持ち、

声は雷のよう」

強そうな、でも女性にはあまり好まれなさそうな外見をしていた

張飛(ちょうひ)。

彼にはきちんとした正妻がいました。
張飛の正妻の名前は、夏侯氏(かこうし)です。

女性なのであまり歴史書に記述が残っていない彼女ですが、
曹操(そうそう)の臣下の夏侯淵(かこうえん)の姪であるということが分かっています。

夏侯氏は曹操側の臣下の姪でありながら、
敵軍で実力も認められているほど強い武将であった張飛と結婚したのです。

夏侯氏とはどんな人物だったのでしょうか?

まずは、彼女と張飛の出会いにまつわる伝説から紹介します。

 

張飛と妻、夏侯氏

張飛が夏侯氏に一目ぼれをした

陳寿(ちんじゅ)が記述した歴史書の三国志に注釈をつけたものに、

「張飛が山で薪を拾っている時に、夏侯氏を目にする。

張飛は、彼女が良家の出であると知って妻にした。」

という記録が残っています。

実は夏侯氏は、かなりの美少女だったようです。

張飛が夏侯氏と結婚したのはおよそ33歳なのですが、
当時彼女は13、4歳だったとされています。

他にも「張飛は夏侯氏を略奪して結婚した」などという記述が残っています。

夏侯氏と張飛が出会った時は劉備玄徳(りゅうびげんとく)が曹操から追われる身となった時期と重なっていました。

そのため「政略的に結婚した」という見方もありますが、
4人の子を生んでいることも考えると、
張飛は彼女のことが好きで結婚したのではないか、と考えることができるのです。

夏侯氏が美少女だったことは、娘達に関する記述から分かる

張飛が結婚した夏侯氏が美少女であったということは、劉備玄徳の息子劉禅(りゅうぜん)の妻となった、彼女の2人の娘に関する記述から分かります。

娘達には、「美人で気立てが良く、夫をよく支えていた」という記録が残っているのです。

美人で気立てが良いということから、劉備玄徳は張飛に「君の娘を劉禅の嫁にしたい。」と頼んでいます。

張飛の男らしい外見とは違い、美人だという記録を持つ娘達は母の夏侯氏から容姿を受け継いだと予想できるのです。

張飛からとても大切にされていた

張飛はとても夏侯氏を大切にしていたようです。

愛妻家の一面をうかがわせるエピソードも、歴史書や小説に残っています。

張飛がどれほど夏侯氏を大切にしていたか分かるエピソードを、1つ紹介します。

夏侯氏の親戚である夏侯覇(かこうは)は、暗殺を恐れて魏から蜀に亡命しています。

亡命した蜀で、夏侯覇は魏に送り返されたり攻撃されたりするのではなく、厚い待遇を受けたという記録が残っているのです。

夏侯覇は諡号(しごう)という、蜀の中でも限られた功臣にしか与えられない称号も送られています。

諡号をもつ功臣としては、諸葛孔明(しょかつこうめい)、関羽(かんう)、張飛があげられます。

張飛は妻に対していつも気を配り、親戚に対しても厚い待遇をするなどして彼女を大切にしていたようです。

 

きょうのまとめ

いかがでしたか?

今回は張飛の妻、夏侯氏について紹介しました。

彼女に関しては、

① 曹操の臣下、夏侯淵の姪

② 張飛が一目ぼれをして結婚するほどの美少女

③ 張飛からとても大切にされていた

ということができます。

張飛と夏侯氏の子供に関しては、他の記事で詳しく紹介しています。

よろしければそちらの記事も参考にしてください。

 

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