張飛はどんな最後を遂げたのか?

 

劉備玄徳(りゅうびげんとく)が挙兵した当初から付き従った将軍として、

多くの武功を上げた張飛(ちょうひ)が、

どんな最期を遂げたかご存知ですか?

張飛の武勇伝は「三国志」などの歴史書にも記述があり、

劉備玄徳に対してとても忠実で兄弟のように仲が良かったことでも知られている張飛ですが、

彼は部下に裏切られて悲惨な最期を遂げています。

調べてみると、彼の最後からは私達が学ぶことができることも沢山ありました。

今回は張飛の最後と、彼の最後にまつわるエピソードを紹介します。

 

悲しい張飛の最後

221年に劉備玄徳が蜀漢を建国すると、

張飛は西郷候に任命されて昇進しました。

同年、劉備玄徳が呉に侵攻することを決意すると張飛も協力します。

しかし同年6月に、恨みを抱いていた部下の張達(ちょうたつ)と范彊(はんきょう)によって、張飛は劉備玄徳と合流することなく命を落とすことになってしまったのです。

なぜ張飛は命を落とすほど、部下に恨みを持たれてしまっていたのでしょうか?

人の身分によって態度を変える

張飛は劉備玄徳や自分よりも目上の人物には、とても礼儀正しく接することができる人物でした。

しかし、自分よりも身分が低い人に対しては態度を変えてしまうことがあったのです。

さらに張飛には死刑を多く行ったり、鞭打ちをした部下を自分の側に仕えさせて身の回りの世話をさせるという癖がありました。

張飛が張達と范彊によって命を落としたということは、

すぐに劉備玄徳にも知らされました。

そのとき劉備玄徳は知らせを聞く前に、

張飛が命を落としたことを悟ったという記録が残っています。

 

張達と范彊はなぜ張飛を裏切ったのか

部下に対して乱暴なところがあったことは事実ですが、

張飛がとても優れた将軍であったことも事実です。

なぜ、張飛と范彊は多くの武勇伝を持つ張飛を裏切ることを決意したのでしょうか?

張飛が命を落とす原因になったエピソードについては、三国志演義に記録されています。

三国志演義に記録されている、張飛の最後に関するエピソードについて紹介します。

張飛は張達と范彊に対して、

「3日以内に白装束を用意しろ」

と命令を下していました。

3日以内に白装束を用意することが不可能だと判断した張達と范彊は、張飛に対して延期を申し出ます。

しかし、張飛はその進言を聞き入れませんでした。

さらに、張達と范彊が進言をしたときに運悪く張飛は酒を飲んで酔っていたため、

張達と范彊は棒でたたかれてしまいます。

その上

「期日までに用意することができなければ、斬る」

と張飛から脅された張達と范彊は、協力して張飛を暗殺することを計画したのです。

この計画により、張達と范彊に寝ているところを襲われ、

張飛は命を落とすことになりました。

 

きょうのまとめ

いかがでしたか?

今回張飛の最後について調べてみたことで、

自分が強い立場であっても他の人達に乱暴な態度をとってはいけない、

ということを学ぶことができました。

劉備玄徳が一国の王になることができた理由も、

彼が身分の低い人達のことも考えて、思いやることができる人物だったからです。

張飛は自分よりも身分が下の人を見下して、

必要以上の刑罰を与えてしまうことを劉備玄徳からもよく注意されていましたが、

最後までその態度を改めることができませんでした。

自分の欠点を何度注意されても直すことができなかった結果、張飛は自分の近くにいた部下に裏切られて命を落とすことになってしまいます。

日頃から自分よりも立場が上の人物だけではなく、自分の部下や身分が低い人物に対しても礼儀正しく接することができるという態度は、どんなに自分が権力を持ったとしても大切なことなのです。

 










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