敵も惚れてしまった!西郷隆盛の名言と意味~『南洲翁遺訓』より~

 

西郷隆盛が今日でも人気がある理由のひとつには、

その器の大きさが挙げられるのではないでしょうか。

例えば、戊辰(ぼしん)戦争において、庄内藩(現在の山形県)は西郷率いる新政府軍に負けてしまいます。

普通なら厳しい罰が与えられるところですが、西郷は庄内藩に対して寛大な処置を取りました。

そんな西郷に感動した庄内藩の人びとによって、一冊の本がまとめられました。

それが『 南洲翁遺訓(なんしゅうおういくん) 』です。

その中には、激動の時代を生き抜いた西郷隆盛の思想・生き様が残されています。

そこで今回は、『 南洲翁遺訓 』に書かれている西郷隆盛の名言・意味について、いくつかご紹介します。

西郷隆盛の名言5選

敬天愛人

西郷隆盛の言葉として最も有名なのは

敬天愛人

なのではないでしょうか。

意味としては「 天を敬い、人を愛すること 」です。

自分を甘やかせば失敗するから、常に己に克(か)つ努力をせよ 」ということを伝えたかったようです。

学問の道の目的とした言葉で、西郷もこれを座右の銘としており、好んで揮毫(きごう。字を書くこと。)した言葉です。

鹿児島出身の実業家として有名な稲盛和夫(いなもり・かずお)氏も、

「 敬天愛人 」を自身が創業した京セラの社是(しゃぜ。会社の経営上の方針という意味)にしています。

他にも多くの経営者や政治家が、「 敬天愛人 」を座右の銘として挙げています。

下民其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは

下民其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは、政令は行はれ難し

こちらは政治家や役人のあり方について、西郷が述べたものです。

人の上に立つ者は、国民の勤労をご苦労と思わなければ、政治は行われにくい 」という意味です。

西郷は国の大事なときに、おごり高ぶって豪華で奔放な生活を送るなんてことはとんでもないと考えていたそうです。

さらに、そんなことでは維新の事業は成し遂げられないとも語っています。

また『 職務に勤労して人民の標準となり・・・ 』とも述べており、政治家たちに国民の手本となることを求めています。

なるほど、ぜひ『南洲翁遺訓』を読んで欲しくなるような政治家の方々は、今でも多くいらっしゃいますね。

兼(かね)て気象(きしょう)を以て克ち居れよ

兼て気象を以て克ち居れよ

自分に克つには、いざとなってもそう簡単にはいかない。いつもその心がけをしていなくてはいけない

という意味です。

西郷の言う「 自分に克つ 」ということは、私欲を制御するということだそうです。

常日頃から、心構えは大切です。

とはいえ、多くの人間は、普段は自分に甘いものではないでしょうか。

私もこの言葉を知って、身につまされる思いです。

命もいらず、名もいらず

命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るものなり。

この仕末に困る人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬなり

これも「 敬天愛人 」と同様に、有名な言葉です。

幕末の三舟 」とも呼ばれ、江戸城無血開城に尽力した山岡鉄舟(やまおか・てっしゅう)を評した言葉とも言われています。

命も名誉も権力もお金もいらないという人物ほど、権力側から見て厄介なものはいない。そんな人物でなければ、大きな仕事は成し遂げられない

という意味です。

西郷隆盛から言われてみたいですね、こんな言葉。

聖賢の書を空(むな)しく読むのみならば 譬(たと)へば

聖賢の書を空しく読むのみならば 譬へば人の剣術を傍観するも同じ

これは知識を身につける際に必要なことを述べた言葉です。

聖人や賢人の書を読むことは良いが、その際には聖人たちの「 心 」を感じ取らなければならない。

実践する心を持たず、単なる知識として書を読むことは、他人の剣術を見ているのと同じで身につかない 」という意味です。

情報過多の今の時代、心にグサッと来る言葉ですね。

きょうのまとめ

今回は、『 南洲翁遺訓 』から西郷隆盛の名言とその意味について、

いくつか簡単にご紹介しました。

多くは為政者の心構えについて書かれている本ですが、私たちも使える考え方もありましたよね。

より深く西郷隆盛の思想を知りたい方は、『 南洲翁遺訓 』をぜひ読んでみてくださいね。

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