今、浄土真宗本願寺派と真宗大谷派をあわせた信者の数は全国に1000万人以上いるといわれております。
しかし、そのルーツとなった本願寺は今から400年前、
蓮如が布教に携わる直前ころにはすっかり寂れ果てておりました。
お参りに来た信徒があまりに寂れているのにあきれてちがう寺へとお参りに言ったほどだといわれております。
では、蓮如はどのように宗派のピンチを乗り越え、信徒を増やしていったのでしょうか。
そもそも蓮如とはどのような人生を送った人なのでしょうか。
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蓮如はどんな人?
- 出身地:京都
- 生年月日:1415年4月13日
- 死亡年月日:1499年5月14日(享年満84才)
- 本願寺教団中興の祖
蓮如の年表
1415年(0才)蓮如生まれる
1431年(17才)中納言広橋兼郷の猶子(親子関係のない人の子となる)となり、青蓮院で得度(仏門に入る)する
1457年(42才)父存如亡くなり、本願寺派の跡を継ぐ
1465年(50才)比叡山延暦寺が本願寺と蓮如を仏敵と認定、本願寺を破却し、蓮如は金森、堅田、大津を転々。
1471年(56才)吉崎御坊を建立
1483年(68才)山科本願寺落成
1488年(73才)加賀一向一揆起こる
1496年(81才)石山御坊建立
1499年(84才)蓮如亡くなる
蓮如の生い立ち
蓮如は本願寺第7世存如の長男として生まれます。
お母さんは存如に仕えていた女性と伝わりますが、くわしいことはわかっておりません。
蓮如が5才ごろの時、父存如は本妻をむかえ、お母さんは本願寺を出てゆくこととなりました。
蓮如は17才で出家すると興福寺大乗院の門跡(一種の住職)経覚に付いて学びました。
このころにはお父さんの仕事を助け、たくさんの信者さんに教えを伝えるためにお経をたくさん書写したりしました。
やがて蓮如42才の時、お父さんが亡くなるとその後を継ぎ本願寺第8世となります。
延暦寺との軋轢
このころの本願寺はまだ青蓮院(京都にある天台宗の格式高い寺)の末寺にすぎません。
天台宗の総本山比叡山延暦寺とはもめることが多く、
その圧倒的強大な力の前にかなり苦しんでおりました。
蓮如は本願寺ともども仏敵認定され、武力ですらもってプレッシャーをかけられることになります。
それでも、堅田や金森などの信者らの手厚い保護に助けられておりました。
そんな矢先に、延暦寺からは和議が提案されます。
が、そこには、
・長男順如の後継ぎ候補排除
というとても厳しい条件付き。
蓮如は仕方なく受け入れることとなります。
布教の力強い武器「御文章」
蓮如はそれでも独自のやり方で信徒を増やしてゆきます。
その中でも特に有効なツールとなったのが御文章。
阿弥陀様から蓮如の筆を通して、人々への“手紙”の形で伝えられてゆきます。
ひらがなを多くして、
みんなが普段使うわかりやすい言葉で、
書かれ、
受け取って、「これいいな」と思った人たちは自分たちも書き写してまたどこかの違う人たちへ。
こうして「御文章」は北陸や近畿、東海を中心として全国にみるみる広がってゆきました。
「御文章」について詳しくはこちらをどうぞ。
蓮如と奥さんと子ども
また、蓮如は5人の奥さんをむかえ、27人の子どもがいたことでも知られております。
といっても一度にたくさんの奥さんをむかえたことはございません。
不幸なことに、奥さんがいずれも次々と早くに亡くなってしまったのです。
蓮如は幼いころに自分の実のお母さんが家の都合で離婚し、家を出なければならなくなった過去があります。
蓮如ならではの女性に秘めた思い。
そして、蓮如はこれだけたくさんの子どもが生まれても一人として間引く(※)ことはありませんでした。
(※)むかし世の中が貧しかったころは、暮らしの都合上生まれて間もない子供を殺してしまうことがありました。
きょうのまとめ
蓮如は同じ時代の宗教人、一休宗純とはよい理解者であり、ライバルだったようです。
ある時、一休は蓮如を訪ねると留守だったので寝てしまいました。
なんとそばにあった阿弥陀様の像を枕にしてしまったようです。
そこへ蓮如が帰ってくると一言。
「おいおい、俺の米櫃(こめびつ。米をためておくいれもの)をひっくり返してもらっちゃ困るぞ」
阿弥陀像は米櫃、すなわち、私の商売道具だぞ。
と、ストレートに白状してしまっております。
この二人だからこそ分かり合える独特の宗教観の深みですね。
① 蓮如が本願寺を継いだころは信者が少なく、比叡山との軋轢(あつれき)もあってとても多難だった
② 蓮如の信者獲得には「御文章」がとても力強い効果があった
③ 蓮如はたくさんの奥さんと子どもがあったが、一度にたくさんの奥さんを抱えたり、子どもを間引いたりはしていない
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