乃木希典をお祀りする「乃木神社」と「乃木坂」の由来について

 

東京都港区にある乃木坂(のぎざか)。

近年はアイドルグループの名前にもなりましたが、

地名の由来は陸軍大将・乃木希典(のぎ・まれすけ)であることをご存知でしょうか。

今回は乃木坂の由来と、乃木希典をお祀(まつ)りする乃木神社について、簡単にご紹介していきます。

乃木坂の由来とは?

現在「 乃木坂 」と呼ばれている坂は、もとは「 幽霊坂 」と呼ばれていました。

どうやら寂しい場所だったことから、そう名づけられていたようです。

他にも「 行合坂 」や「 なだれ坂 」という呼び方もあったとか

なだれ坂46……やはり、しっくりきませんね。

明治期になると赤坂一体に軍人が住むようになったそうで、「 幽霊坂 」の近くには乃木希典が邸宅を構えました。

そして大正元年9月13日、ご存じのように乃木希典は静子夫人とともに自刃(じじん)。

陸軍の重鎮であった乃木の死を悼(いた)み、赤坂区議会は坂の名称変更を決議します。

乃木希典と静子夫人の葬儀と同時に、「 幽霊坂 」から「 乃木坂 」へと名前が改められることになりました。

ちなみにですが、「 乃木坂 」という住所はないそうですよ。

 

乃木希典を祀る乃木神社とは?

さて、乃木希典をお祀(まつ)りしている乃木神社は、全国にいくつかあるそうです。

今回はそのうち、乃木夫婦が自刃した邸宅の隣に建てられた神社についてご紹介します。

乃木神社創立までの経緯

坂の名前を変えてしまったことからもわかると思いますが、乃木希典の人気は非常に高いものでした。

彼を追慕敬愛する人々によって、殉死からひと月も経たないうちに神社創立の話が持ち上がります。

そして当時の東京市長であった坂谷芳郎らを中心として、中央乃木会が設立されました。

はじめは乃木邸の小社に、乃木夫妻の御霊をお祀りしていたそうです。

大正八年には神社創立の許可が下り、大正十二年(1923)11月1日には鎮座祭(※1)が行われました。

このように乃木神社は陸軍の意向ではなく、乃木希典を心から慕う人たちの力によってつくられたということです。

※1 鎮座祭とは社殿をつくって、神様をその地でお祀りするという祭祀(さいし)のことです。

歴史ファンなら一度は行きたい乃木神社

現在、乃木神社の境内には玉木文之進(たまき・ぶんのしん)(※2)と吉田松陰をお祀りした「 正松神社 」、

乃木希典が殉死の際に用いた刀や遺言などが収められた「 宝物殿(ほうもつでん) 」、

水師営の会見(※3)の際に乃木の副官が記念に持ち帰ったという「 なつめの木 」(ただし三代目)などがあります。

※2 玉木文之進は萩の学者で松下村塾の開祖。有名な吉田松陰は彼の甥にあたります。
※3 水師営(すいしえい)の会見とは日露戦争中、乃木希典とステッセル将軍が旅順軍港攻防戦の停戦を結んだ会見のことです。

アクセスも良く、歴史ファンの方にはおすすめの神社です。

行かれたことのない方は、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

乃木神社へのアクセス

乃木神社は、東京メトロ千代田線「 乃木坂駅 」よりすぐの場所に鎮座しています。

六本木駅からも徒歩5分という立地ですので、何かのついでにも立ち寄れそうですね。

【所在地】東京都港区赤坂8丁目11番27号
【電話番号】03-3478-3001
【開門時間】6:00~17:00
【宝物殿】9:00~17:00

きょうのまとめ

今回は乃木坂と乃木神社についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

① 乃木希典の死を悼み、「 幽霊坂 」は「 乃木坂 」へと改名された

② 乃木神社は乃木希典を慕う人々の力によってつくられた

③ 乃木神社は歴史ファンなら一度は行っておきたいスポット

こちらのサイトでは他にも、乃木希典にまつわる記事をわかりやすく書いています。

ご興味をお待ちの方は、ぜひご覧になってくださいね。










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