モーツァルトの死因とは…140以上の説が推察された?

 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは多くの人が知るように、ベートーベン、ハイドンと並んでウィーン古典派を代表する音楽家の一人に数えられる人物です。

生前残した楽曲は600曲以上といわれ、『魔笛』『フィガロの結婚』など、数々の名曲を世に送り出しています。

モーツァルトが世間から注目された理由が音楽の才能であることは間違いありませんが、彼はそれ以外にももう一つ、世間を騒がせる要素をもっていました。

謎めいた死に様です。

彼は1791年の12月、15日間に渡って発熱と発疹にうなされた挙句、35歳の若さでこの世を去りました。

音楽の天才が35歳の若さで亡くなったという時点で話題を呼びそうな内容ですが、何より注目されたのは、その死因がはっきりしていないということです。

その死因は未だに特定されておらず、推察された説はなんと140以上にも及ぶのだとか。

そう、彼は史上もっとも多くの死因が推察された音楽家としても知られているのです。

今回はそんなモーツァルトの死因の真相に迫っていきましょう。

 

多くの推察を呼んだのは、ウィーン市が残した粟粒熱という記録から

モーツァルト

出典:Wikipedia

モーツァルトの死因について、さまざまな推察が行われた原因のひとつは、当時ウィーン市が死因を粟粒熱ぞくりゅうねつと記録したことにあります。

この話を聞くと、「ん?なんだ、死因ははっきりしていたんじゃないか」と思う人もいるでしょう。

しかしこの粟粒熱というのは、単に発熱と発疹を伴う症状を表したもので、正確には病名ではないのです。

つまりこの記録は”モーツァルトは高熱と腫れ物に苦しんで亡くなった”ということを表しているだけで、なんの病気で亡くなったのかを表すものではありません。

このように曖昧な記録が公式のものとして残されたことが、彼の死を巡って推察が繰り広げられるきっかけとなったと考えられます。

 

アントニオ・サリエリによる毒殺説の真意は?

1984年に公開された映画『アマデウス』の題材にもなったように、モーツァルトの死因は彼のライバル作曲家だったアントニオ・サリエリによる毒殺だったとする説がしばしば取り上げられます。

毒殺説はおそらく間違い

サリエリがモーツァルトの才能に嫉妬する余り、毒殺するに至ったという話はいかにもミステリーっぽく、興味をそそるものですが、残念ながらこの説はおそらく間違いです。

サリエリはそもそも音楽家として成功していましたし、晩年のモーツァルトよりも豊かに暮らし、弟子に対する経済的支援にも積極的だったという話が残っています。

つまりモーツァルトは彼の音楽活動の邪魔にはなっていないのです。

またサリエリはモーツァルトとは親交が深く、モーツァルトの死後も彼の楽曲を幾度も公の場で演奏しました。

こういったことから、嫉妬するどころか、その才能を高く評価し、後世に残すべきものだととらえていたことがわかります。

サリエリが疑われたのはモーツァルトの妻・コンスタンツェの発言から

なぜサリエリが毒殺のターゲットにされてしまったのかというと、原因はモーツァルトの妻・コンスタンツェの

「夫の才能に嫉妬する者が毒を盛ったのだ!」

という発言にありました。

なんでも彼女は生前のモーツァルトから、「誰かに毒を盛られそうになった」という旨を伝えられたことがあったのだとか。

この話に関しても、彼がそう語った際には難をまぬがれているわけですから、真意は定かではありません。

そして彼の死に際しても、毒殺の決定的な証拠となるものはないのです。

ただモーツァルトの妻ということもあって、この発言は死因の推察にさらなる混乱を招きました。

才能に嫉妬した者による犯行とするなら、犯人は同じ音楽家とするのが相場。

そのなかでも当時名の通っていたサリエリに白羽の矢が立ってしまったということです。

サリエリはこの一件で重度のうつ病に悩まされることになるのですから、濡れ衣だとすれば気の毒なものですね…。

 

連鎖球菌性咽頭炎の合併症とするのが最も有力か…

結局のところ、現在もっとも有力とされている説は、オランダのアムステルダム大学の研究チームが2009年に発表した

連鎖球菌性咽頭炎れんさきゅうきんせいいんとうえんの合併症で亡くなった」

というものでしょう。

連鎖球菌性咽頭炎というのは要するにウィルス性の感染症で、発熱やノドの炎症などを伴う病気です。

現代では抗生物質などを使い、数日の治療で治ってしまうため、そこまで怖い病気だとは認識されていませんが、この病気が悪化した場合、腎臓の糸球体しきゅうたいという部分に炎症を起こし、腎不全に陥ってしまうことがあります。

腎臓は血液中の老廃物を排出するための大切な器官で、上手く働かなければ、体内に老廃物がどんどん蓄積され、全身が腫れ上がる症状を引き起こすのです。

モーツァルトの死に際は、全身腫れ物だらけで寝返りすら打てない状況だったといいますから、発熱も合わせて、連鎖球菌性咽頭炎の症状がピッタリ当てはまります。

今回の説が浮かび上がったのは、モーツァルトが亡くなった1791年から、約200年間に及ぶウィーンの死亡記録を研究チームが調査した結果でした。

なんでも当時は同じような症状を死因にもつ人が多く見られたといいます。

どうやら治療法が確立されていなかった時代には、ありがちな死因だったようですね。

対象が世紀の音楽家ともなれば、話も大きくなってしまうということでしょう。

 

きょうのまとめ

モーツァルトの死因に関しては、彼が天才だったことや、35歳という年齢が若すぎること、また毒殺を疑う妻など劇的な要素がそろっていたことから、これほどまでに話題を呼んだといえます。

しかし結局のところ、その死因は当時としては珍しいものではなかったとする説が有力でした。

少し拍子抜けしてしまう感はありますが、大切なのは死因が何かよりも、彼が死後にここまでの話題を巻き起こすだけの偉大な人物だったということでしょう。

最後に今回の内容を簡単にまとめておきます。

① モーツァルトの死因に多くの説が推察されたのは、ウィーン市の記録が曖昧なものだったから

② サリエリが毒殺したとする説は、モーツァルトの妻の発言によるもので、その発言自体にも根拠がない

③ ウィルス性の感染症によるものとする説がもっとも有力。実は当時は珍しい死因ではなかった

モーツァルトの残した楽曲は、数百年経った今でも多くの人に愛されています。

死因がなんであれ、その事実は変えようもありませんね。

 

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