毛沢東vs蒋介石=共産党vs国民党 簡潔に解説!

 

数千年に渡り続いた王朝の時代が終止符を打った20世紀、

中国では各地で様々な政党が乱立しては、

その権力を拡大しようと台頭を始めました。

なかでも二大政党として後に歴史的な出来事を引き起こすのが、

中国共産党中国国民党です。

今回はこの二大政党のそれぞれトップとなった人物、

毛沢東
蒋介石について、その関係性に迫ります。

 

毛沢東と蒋介石 両者の立ち位置

まずは毛沢東と蒋介石がそれぞれどちらの党に属していたのか、

そしてそれぞれの党にどんな特徴があるのかについてご紹介していきます。

毛沢東 共産党

毛沢東

出典:Wikipedia

毛沢東が率いる中国共産党は1921年、

もともとは陳独秀(ちんどくしゅう)という人物によって上海で設立されました。

その成立に携わっていた毛沢東は、暴動の指導や軍を組織するなどの経験を経て、

着々と実績を積み頭角を現すと、後に党内の最高指導者として実権を握ります。

中国共産党の主な特徴として、

・ソ連型の国家建設をはかる

・支援国はソ連

・指導もソ連のコミンテルン(共産主義運動の指導組織)

・国内支持者は農民や労働者

・後に共産主義圏に属する

などが挙げられます。

蒋介石 国民党

蒋介石

出典:Wikipedia

蒋介石が率いる中国国民党は1919年、

清王朝を滅ぼした中国革命の父、孫文によって設立されました。

孫文に派遣された先で国民革命軍を養成し、

その総司令官として北伐を成功させた蒋介石は、

孫文の死後、国民党政府の最高指導者として党の実権を握ります。

中国国民党の主な特徴として、

・アメリカ型の国家建設をはかる

・支持国はアメリカ

・支援国はイギリス

・国内支持者は浙江財閥(せっこうざいばつ・・・上海を拠点とする浙江省、江蘇省出身の金融資本の総称)

・後に資本主義圏に属する

などが挙げられます。

 

共産党と国民党 辿った運命

ここからは毛沢東率いる共産党と、蒋介石率いる国民党が辿った運命を

ご紹介していきます。

第一次合作と国共分裂

共にロシア革命の影響を受けて成立した、中国共産党と中国国民党。

両党は封建制度や旧軍閥、帝国主義の列強たちを共通の敵とし、

1924年に第一次国共合作が成立しました。

しかし国内での階級を巡る闘争が次第に激化すると、

1927年に蒋介石が上海クーデターを起こします。

これにより国民党と共産党は分裂。対立し、内戦が起こります。

蒋介石率いる国民革命軍に対して、共産党では毛沢東らが率いる紅軍が設立。

国民革命軍の猛攻により、共産党は江西省の拠点を放棄することになりますが、

その後は戦況が逆転、西安事件により蒋介石は共産党側に拉致監禁されます。

第二次国共合作

敵に捕らえられた蒋介石の命運は、

この頃には既に党内での実権を握っていた毛沢東の手に。

もはやこれまでかと思われた蒋介石の首の皮一枚は、

しかし思わぬところでつながったのです。

毛沢東から言い渡されたのは、

命を助ける代わりに日本軍と戦うという条件でした。

これに共産党も加わることで合意した蒋介石は、毛沢東と手を組むことに。

これが第二次国共合作でした。

ちなみにその後繰り広げられる中国vs日本の争いが日中戦争です。

再び分裂

一見すると、第二次国共合作の成立は日本という共通の敵をもって

協力し合うことを意味しているように思えますが、

実際毛沢東は蒋介石の兵力を日本に割くことで、

共産党に向けられる兵力を減らすことを考えていました。

それは日清戦争後、再び国共分裂が起こることを見越しての考えでした。

そして日中戦争終結後、1945年~49年にかけて再び起こった内戦では、

最終的に毛沢東率いる共産党が勝利し、蒋介石率いる国民党は台湾に渡ることになりました。

そして毛沢東は1949年10月に中華人民共和国の成立を宣言。

現在まで続く社会主義国家を築き上げ、

その初代最高指導者として中国内の頂点に立ったのです。

勝因と敗因

毛沢東が勝利を収めることができた一番の要因は、

労働者や農民など多くの民衆の心を掴み、

彼らを兵力として動員したということが考えられます。

一方で蒋介石が敗北した原因は、アメリカに頼り切った援助と、

政治的能力の不足により招いた混乱が考えられます。

 

きょうのまとめ

今回は、王朝時代の終焉から現在に至るまでに勢力を競った二大政党、

中国共産党と中国国民党から、

それぞれの中心人物となった毛沢東と蒋介石についてご紹介しました。

今回の内容を簡単にまとめると

① 毛沢東率いる中国共産党と、蒋介石率いる中国国民党は、共にロシア革命の影響を受け設立した二大政党

② 当初の両党は、封建制度や旧軍閥、帝国主義列強を共通の敵として合作をはかり近代国家を築こうとしていた

③ 共通の敵から次第に国内での勢力へと目が向けられるようになると国共は分裂、内戦の後に毛沢東が勝利し、現代へと続く中華人民共和国の初代国家主席となった

中国本土を追われ台湾へと渡った蒋介石率いる国民党は、

台湾で中華民国政府を維持し、現在も台湾政府として成り立っています。

内戦に決着がついた当初は英雄扱いされた毛沢東と敗れた蒋介石。

しかし現代においては、人によって大きく異なる評価をされる二人なのです。

 

毛沢東の年表を含む【完全版まとめ】記事はこちら。
関連記事 >>>> 「毛沢東とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】」

 










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