黒田長政の兜と甲冑

 

天下分け目の合戦、関ヶ原の戦いで大活躍した

黒田長政

黒田長政の兜で有名な形は2種類あります。

いずれも非常に特徴的な形をしていました。

今回は黒田長政の兜と甲冑についてお伝えします。

 

黒漆塗桃形大水牛脇立兜

黒田長政が使用していた兜は主に2種類でした。

その一つが「黒漆塗桃形大水牛脇立兜」(くろうるしぬりももなりだいすいぎゅうわきだてかぶと)と呼ばれるものです。

その名の通り、兜の両横から大きな水牛の角が付いている特徴的な兜です。

このは「桃形兜」(ももなりかぶと)と呼ばれる種類の一つです。

鉢の形状が桃の果実に似ていることに由来、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて流行しました。

黒田長政はこの黒漆塗桃形大水牛脇立兜は主に朝鮮出兵の際などに身につけたといわれます。

重さは3,000~3,300gほどで、角の根元部分は木で造られ、残り部分は紙と漆で軽量化されています。

黒田長政は朝鮮出兵時に仲違してしまった福島正則と兜を交換し仲直りします。

そこで新しくもらった兜が「銀箔押一の谷形兜」(ぎんぱくおしいちのたになりかぶと)でした。

 

友情の証「銀箔押一の谷形兜」

黒田長政が福島正則からもらった「銀箔押一の谷形兜」

もともと竹中半兵衛が使ったものであったそうです。

長政にとって竹中半兵衛は命の恩人。

信長の処刑命令の際、かくまってくれたのが竹中半兵衛でした。

長政の銀箔押一の谷形兜への思い入れも相応にあったようです。

銀箔押一の谷形兜の「一の谷」の名は、源平合戦の一ノ谷の戦いが由来で、一の谷の戦いの地形、懸崖を表していると言われています。

形状は兜に四角い板が乗っているような形です。

一見重たそうですが、薄い板の上に銀箔をおしたもので、重さは約3,100gほどです。

当時はまばゆい銀色に光り輝いていたそうです。

黒田長政は、この銀箔押一の谷形兜を被り、関ヶ原の戦いに参戦しました。

 

ウルトラ怪獣のモデル?!

黒田長政が最初に愛用していた「黒漆塗桃形大水牛脇立兜」。

大きく、長い水牛の角の形がついている特徴的な兜です。

実はあのウルトラマンのウルトラ怪獣、ゴモラのモデルとなった形と言われています。

黒田長政が好んだ形は、現代の私達にも影響を与えているのですね。

 

きょうのまとめ

黒田長政の兜と甲冑について見てきました。

黒田長政の兜と甲冑について、簡単にまとめます。

① 黒田長政が愛用した兜は主に2種類あった

② 一つは黒漆塗桃形大水牛脇立兜

③ 一つは福島正則からもらった銀箔押一の谷形兜

黒田長政については、他にも色々な記事があります。

よろしかったらご覧になってみて下さい。

 

黒田長政の年表を含む【完全版まとめ】はこちらをどうぞ。
関連記事 >>>> 「黒田長政とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】」

 










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