ヨハン・シュトラウス2世とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】

 

19世紀のウィーンで活躍した音楽家、ヨハン・シュトラウス2世

父や弟など一家で有名な音楽家ですが、なかでも彼は「ワルツ王」という異名を持つほどの功績を遺しました。

ヨハン・シュトラウス2世とは、一体どの様な人物だったのでしょうか。

今回は彼の主な功績を辿りながら、その生涯について見ていきましょう。

 

ヨハン・シュトラウス2世はどんな人?

プロフィール
ヨハン・シュトラウス2世 Johann Strauss II.

ヨハン・シュトラウス2世
Johann Strauss II.
出典:Wikipedia

  • 出身地:オーストリア ウィーン
  • 生年月日:1825年10月25日
  • 死亡年月日:1899年6月3日(享年74歳)
  • 19世紀ウィーンの作曲家、指揮者。「ワルツ王」

 

ヨハン・シュトラウス2世 年表

年表

西暦(年齢)

1825年(0歳)音楽家ヨハン・シュトラウス1世の長男として誕生する。

1830年(5歳)《最初の楽想》を作曲。母親が譜面に写す。

1836年(11歳)ギムナジウムに入学する。

1844年(19歳)指揮者デビューし、演奏会を成功させる。

1848年(23歳)ウィーン革命の勃発に即し、《革命行進曲》《自由の歌》などを作曲。

1849年(24歳)父ヨハン・シュトラウス1世が死去し、楽団を引き継ぐ。

1853年(28歳)多忙を極め倒れる。一時楽団は弟のヨーゼフによって指揮される。

1856年(31歳)ロシアの鉄道会社と契約し、パブロフスクで演奏会を開催。

1862年(37歳)歌手のヘンリエッタ・トレフツと結婚。

1863年(38歳)生前の父と同じく、宮廷舞踏会音楽監督に就任する。

1864年(39歳)オッフェンバックの《夕刊》に対抗し、《朝刊》を作曲。

1867年(44歳)パリ万博にて初演されたワルツ《美しく青きドナウ》が大成功を収める。《芸術家の生涯》など、多産な年となる。

1868年(45歳)ワルツ《ウィーンの森の物語》《雷鳴と雷光》、《ピチカート・ポルカ》などを作曲。

1871年(48歳)初のオペレッタ《インディゴと40人の盗賊》が初演を迎え、成功を収める。

1872年(49歳)アメリカのボストンで開催されたビッグ・コンサートに出演。

1873年(50歳)アン・デア・ウィーン劇場にて、オペレッタ《ローマの謝肉祭》を初演。

1878年(55歳)妻イエティが死去。歌手または俳優志望のアンジェリカ・ディットリヒと再婚する。

1880年(57歳)オペレッタ《女王のレースのハンカチ》をアン・デア・ウィーン劇場で初演。

1881年(58歳)オペレッタ《愉快な戦争》を初演。翌年妻アンジェリカが去る。

1883年(60歳)オペレッタ《ヴェネツィアの一夜》をドイツのベルリンで初演する。

1885年(62歳)オペレッタ《ジプシー男爵》をアン・デア・ウィーン劇場で初演。

1887年(64歳)ドイツのコーブルグにて、銀行家の未亡人アデーレ・シュトラウスと再婚する。

1889年(66歳)ワルツ《皇帝円舞曲》をベルリンで初演。

1892年(69歳)オペレッタ《騎士パスマン》を宮廷歌劇場で初演。

1894年(71歳)デビュー50周年記念祭が開催される。

1897年(74歳)オペレッタ《理性の女神》をアン・デア・ウィーン劇場で初演。

1899年(76歳)肺炎をこじらせ死去。

 

ヨハン・シュトラウス2世の生涯

ここからは早速、ヨハン・シュトラウス2世の生涯を見ていきましょう。

音楽一家

冒頭でも少しふれましたが、シュトラウス家は、

・父ヨハン・シュトラウス1世

・弟ヨーゼフ

・弟エドゥアルト

共に優れた音楽家として歴史に名を遺しています。

中でも父は、「ウィンナ・ワルツ」と言われるウィーンの宮廷舞曲を創始した人物です。

3拍子からなるこのダンス曲は、たちまち19世紀のヨーロッパに普及しました。

そして本記事の主役であるヨハン・シュトラウス2世は、ウィンナ・ワルツを数多く作曲し、一家の中でも特に著名な人物として知られるようになりました。

父ヨハン・シュトラウス1世が「ワルツの父」と言われる一方で、息子ヨハン・シュトラウス2世は「ワルツの王」というわけです。

ワルツの王

《美しく青きドナウ》など、現在の人々にも親しまれている作品を遺したヨハン・シュトラウス2世ですが、彼が成功できたのはただ多くのワルツを作ったからではありません。

彼が生きた19世紀という時代、ヨーロッパでは鉄道や電話の発明など、近代科学が目まぐるしい発展を遂げていました。

シュトラウス家が活躍したウィーンでは、プロイセン・オーストリア戦争やウィーン万国博覧会など、国を挙げての大規模なイベントが起きています。

ヨハン・シュトラウス2世は、そんな世間の動向に敏感に目を向け、鋭い洞察のもとにそれらを作品のテーマとしてとり上げたのです。

例えば彼は、23歳の時に起きたウィーン革命では革命派に属し、

・《革命行進曲》

・《自由の歌》

などを作曲して民衆の支持を見事に得ています。

またヨハン・シュトラウス2世は、逝去した父に代わり

・24歳でシュトラウス管弦楽団を引き継ぐ

・38歳で宮廷舞踏会音楽監督に就任

という責任ある職に就きます。

彼はそこでも敏感なアンテナと鋭い洞察力を発揮し、世間に歓迎される人となりました。

楽団を指揮して順調に演奏会を成功させ、ハプスブルク帝国の栄華を象徴する様なワルツを次々と生み出したのです。

移り行く時代の流れを掴み民衆や皇帝のニーズに応え続けたことで、ヨハン・シュトラウス2世は、19世紀のウィーンで長く人気を保ちました。

《美しく青きドナウ》

華やかな音楽家

ここまで、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ王としての側面ばかりをご紹介してきましたが、彼の功績はそれだけではありません。

彼は生涯で500以上の作品を作曲し、そのうちワルツは170曲を占めると言われています。

しかし彼は、オペレッタ(普通のせりふと歌のまじった、軽い内容のオペラ。 )などでも優れた作品を遺しているのです。

例えば、《ジプシー男爵》などがその一つです。

他にも自身初のオペレッタ作品である《インディゴと40人の盗賊》では、初演でいきなり大成功を収めました。

さらに彼は、自身の作品を携え行われた海外での演奏旅行も次々と成功させています。

国内外問わず愛され、ましてや現在でもウィーンの誇りであるヨハン・シュトラウス2世は、まさに人気者の音楽家だったと言えるでしょう。

その成功の裏には、彼の世の中を見つめる冷静な目と、音楽に昇華するだけのセンスや努力があったのです。

ちなみにセンスの良さで言えば、彼はその身なりもいつもおしゃれだったようです。

《ジプシー男爵》


 

ヨハン・シュトラウス2世にまつわるエピソード


ここではヨハン・シュトラウス2世についてもう少し掘り下げるために、彼にまつわるエピソードをご紹介します。

対抗して作った曲?

ヨハン・シュトラウス2世が39歳の時に作曲した《朝刊》というワルツ。

この作品はドイツ出身の音楽家、オッフェンバック(1819~1880)の《夕刊》に対抗して作ったと言われています。

しかし実際は少し違っていました。

オッフェンバックがウィーンのジャーナリスト協会が主催する舞踏会用に《夕刊》を書いたところ、面白い話題になると見込んだジャーナリストたちが、ヨハン・シュトラウス2世に《朝刊》のタイトルで作曲することを依頼したのです。

ヨハン・シュトラウス2世は最初こそためらったものの、最終的に同意したことで結果的に対抗して作られたことになってしまったのです。

恋多き人生

人気者で華やかな音楽家人生を送っていたヨハン・シュトラウス2世ですが、やはりそのプライベートも穏やかではありませんでした。

生涯で3度の結婚をしているのです。

最初の妻は歌手で、結婚生活が20年を迎える前に彼女に先立たれてしまいます。

するとその年には歌手、又は俳優志望の女性と結婚。

しかし妻が彼の元を去ったことで、2度目の結婚生活はわずか4年ほどで終焉を迎えます。

そしてヨハン・シュトラウス2世は、64歳の時にドイツの銀行家の未亡人と3度目の結婚をしたのです。

 

きょうのまとめ

今回はウィーンの音楽家、ヨハン・シュトラウス2世について、その生涯を主な功績やエピソードからご紹介してきました。

いかがでしたでしょうか。

最後に、ヨハン・シュトラウス2世とはどの様な人物だったのか簡単にまとめると

① 19世紀ウィーンの音楽家。

② 「ワルツ王」の異名を持つ。

③ 時代が求めるものに応じる能力が高く、華やかな音楽家人生を送った。

ヨハン・シュトラウス2世の銅像と言えばバイオリンを演奏している姿。

彼は楽団を指揮する際、自身も演奏しながら行っていたのです。

その演奏は情熱的だったと言われています。

多くの人に好かれる彼の器用さは、そんなところにも顕れているのですね。

ちなみに指揮と演奏の両立は、父ヨハン1世と同じスタイルでした。

 

【参考文献】
・ブリタニカオンラインジャパン 大項目事典「シュトラウス」
・中村亮二編『西洋の芸術史 文学上演篇Ⅱ ロマン主義の胎動から世紀末まで』2014年、藝術学舎

【参考URL】
・日本ヨハン・シュトラウス協会 johann-strauss-society.com

 

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