カール・マリア・フォン・ウェーバーとはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】

 

19世紀の始めにドイツで活躍した音楽家、

カール・マリア・フォン・ウェーバー

代表作《魔弾の射手》により、ドイツオペラの創始者と言われています。

さらにドイツロマン派の形成にも重要な影響を与えた彼は、39歳という若さでこの世を去りました。

カール・マリア・フォン・ウェーバーとは一体、どの様な人物だったのでしょうか。

今回は主な功績やエピソードをご紹介しながら、彼の生涯について見ていきましょう。

 

カール・マリア・フォン・ウェーバーはどんな人?

プロフィール

カール・マリア・フォン・ウェーバー
Carl Maria von Weber
出典:Wikipedia

  • 出身地:ドイツ オイティン
  • 生年月日:1786年11月18日
  • 死亡年月日:1826年6月5日(享年\39歳)
  • ドイツの音楽家。ドイツオペラ、ドイツロマン派の創始者。

 

カール・マリア・フォン・ウェーバー 年表

年表

西暦(年齢)

1786年(0歳)巡業演劇団(歌劇団)の一家に誕生する。生まれつき病弱で足が不自由だった。

1798年(12歳)父と各地を巡りながら作曲を学び、本格的に作曲活動、ピアニスト活動を始める。

1804年(18歳)ブレスラウ(現ヴロツワフ)で音楽監督に就任。劇場などで指揮や演奏を行う。

1806年(20歳)声帯を痛め上記音楽監督を辞任した後、ヴュルテンベルクの公爵家で音楽監督に就任する。

1807年(21歳)ヴュルテンベルクのフリードリヒ1世の秘書となる。

1809年(23歳)この頃から約9年間に渡り音楽批評なども執筆し、「ロマン主義」の形成を予感させる文章を多く記していく。

1810年(24歳)多くの借金を抱えヴュルテンベルクから追放され、父と共にマンハイムに移住する。

1813年(27歳)プラハの劇場でオペラを指揮する。

1816年(30歳)おそらくこの時期から結核の症状が見られるようになる。

1817年(31歳)元歌手と結婚。ドレスデンの劇場で音楽監督としてオペラをまとめる。この地で代表作のオペラ《魔弾の射手》を制作。

1821年(35歳)《魔弾の射手》がベルリンの初演で大成功を収める。

1823年(37歳)オペラ《オイリアンテ》を上演。

1826年(39歳)ロンドンにて《オベロン》を上演。この地で客死する。

 

カール・マリア・フォン・ウェーバーの生涯

ここからは早速、カール・マリア・フォン・ウェーバーの遺した功績についてご紹介していきます。

英才教育

1786年、ドイツに誕生したカール・マリア・フォン・ウェーバー。

これだけも長いですが、実は本名はもっと長く、カール・マリア・フリードリヒ・エルンスト・フォン・ウェーバー(以降ウェーバー)と言います。

一家は今で言うミュージカルや演劇などを巡業で行っており、幼い頃から音楽的才能を見せた彼は、父親によって英才教育を受けています。

父親の巡業に同行してはその地で作曲やピアノの手ほどきを受け、12歳の頃には本格的な活動を始めていました。

そして18歳になる頃にはブレスラウ(現在のヴロツワフ)で音楽監督の職に就き、その地で行われるあらゆる音楽活動に携わるようになります。

ウェーバーは、以後各地を転々としながら音楽家としてあらゆる業務をこなし、生涯忙しく活動していくことになりました。

ドイツオペラを確立

・作曲

・ピアニストとしての演奏

・指揮者

・音楽批評家としての執筆

など様々な活動をしていたウェーバーですが、彼の最大の功績とも言えるのが、《魔弾の射手》という作品です。

この作品は彼が31歳の時にドレスデンで作曲したオペラです。

その当時ドイツではオペラの本場であったイタリアをライバル視。

ドイツ語の台本を用いた、ドイツならではのオペラの創造を試みていました。

ウェーバーはこの作品の中で、ドイツ人になじみのある森の風景や神話的題材を取り入れ、「ドイツらしい」と言えるような独自のオペラ作品を完成させたのでした。

さらにこの作品における彼の功績はそれだけに留まりません。

オーケストラ編成の斬新さや主題の超自然的要素などは、古典主義からロマン主義への移行を予感させ、19世紀のオペラの重要な形式となったのです。

彼のオペラは他にも《オイリアンテ》や《オベロン》などが知られていますが、これらの作品は後の楽劇王、ワーグナーなどに多大な影響を与えることになりました。

《魔弾の射手》

その他の活動

主にオペラで有名なウェーバー。

しかし彼は他にも、《舞踏への勧誘》などのピアノ作品も遺しており、

・ホルン曲

・オーケストラ曲

・クラリネット曲

などのあらゆる管弦楽器の作曲も行っています。

また、彼は音楽に関する理論的な批評文なども書いていました。

その中でも彼は、形式よりも感情を優先する姿勢を示しており、その姿勢は芸術におけるドイツでのロマン主義を思わせるものでした。

彼の思想の痕跡は、後のロマン派の芸術家達に引き継がれていくことになります。

 

カール・マリア・フォン・ウェーバーにまつわるエピソード

ここでは、ウェーバーの人物像に迫ったエピソードをご紹介します。

硝酸事件

実は生まれつき腰に生涯を抱えていたウェーバー。

その影響で彼は足が不自由だったと言われています。

小柄でもあった彼ですが、身長に対して指はスラリと長く、そのおかげでピアノを弾くにはとても有利でした。

さらに彼の身体的特徴を伝えるエピソードとして外せないのが、硝酸事件です。

それは20歳の時(17歳の説もあり)。

なんと、自ら硝酸を飲み声帯を傷めてしまったのです。

この事件以降、ウェーバーは生涯小声で話すことしかできませんでした。

なぜ硝酸を飲んだのかについては諸説あり、

・ワインと間違えて誤飲してしまった

・自殺未遂をした

といったものが挙がります。

しかし、今となってはその理由も永遠に謎のままです。

モーツァルトとの接点

彼の一族の苗字である「ウェーバー」と聞いて、ピンっとくるものがあった方はいますでしょうか。

実はウェーバーは、モーツァルトと遠い親戚関係にあります。

と言うのも、モーツァルトの妻コンスタンツェ・ウェーバーは、23歳年上の従姉に当たる人物なのです。

ウェーバーの父親は、自身の兄の娘が天才モーツァルトの妻となったことで、自分の子供も彼の様に天才に育てようと、ウェーバーに対して熱心に英才教育を施したというわけです。

幸いにも、息子ウェーバーはドイツオペラやドイツロマン主義に欠かせない人物として名を遺すことになりました。

ショパンとの共通点

生まれた時から病弱だったウェーバー。

さらにその才能から生涯多忙を極めた彼は、やはり身体的に無理が蓄積していったのでしょう。

39歳で亡くなるまでの約10年の間、結核を患いたびたび苦しみながらも活動を続けていました。

そして亡くなった1826年は、オペラ《オベロン》を上演するためにイギリスに赴いていました。

そこでの無理が決め手となったのか、彼はドイツに帰国する寸前に喀血し、ロンドンでそのまま息を引き取ったのです。

・ロマン派の音楽家

・ピアノの名手

・結核により異国の地で早すぎる死を迎える

その特徴は、あのフレデリック・ショパンとも重なります。

 

きょうのまとめ

今回はドイツの音楽家、カール・マリア・フォン・ウェーバーについて、その生涯を功績やエピソードと共に見てきました。

いかがでしたでしょうか。

最後に、カール・マリア・フォン・ウェーバーとはどの様な人物だったのか簡単にまとめると

① ドイツオペラの創始者。

② ドイツにおけるロマン派の確立に影響を与えた。

③ 39歳で結核により逝去した。

最期は、無理をしてでもイギリスに渡り客死したウェーバー。

彼がそこまで頑張ったのは、ドイツに残してきた愛する家族に、自分の死後その遺産を遺すためだったと言われています。

 

【参考文献】

・ブリタニカオンラインジャパン 大項目事典「ウェーバー」

・ウェーバー
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwjG-MiU65bzAhVXxWEKHZk8BOYQFnoECAMQAQ&url=https%3A%2F%2Fenc.piano.or.jp%2Fpersons%2F29&usg=AOvVaw05r9T1TBA3CBadZX1SBKpR

・悲しき音楽家④
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwjG-MiU65bzAhVXxWEKHZk8BOYQFnoECAQQAQ&url=https%3A%2F%2Fpnet.kawai.jp%2F602574%2Ftopics%2F175291%2F&usg=AOvVaw0SG2mbihiloNpEJLOgOkYC

 
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