安倍晴明はどんな人物? 簡単に説明【完全版まとめ】

 

陰陽道のことを知ったのは、安倍晴明がきっかけだったという人は多いことでしょう。

今や平安時代の妖しいお話を全部背負って立つ勢いで名前の知られている、

日本史上屈指の陰陽師、安倍晴明。

凄すぎて架空の人物のような実在人物です。

安倍晴明とはどんな人物だったのでしょうか。

 

安倍晴明はどんな人?

プロフィール
    安倍晴明

    出典:Wikipedia

  • 出身地: 摂津国阿部野(現在の大阪市阿倍野区)とも奈良県桜井市安倍とも言われるがはっきりしない
  • 生年月日: 921年1月11日
  • 死亡年月日: 1005年9月26日(享年 85歳)
  • 平安京で活躍した日本史上屈指の陰陽師

 

安倍晴明 年表

年表
西暦(年齢)

921年(1歳)誕生。

948年(28歳)大舎人となる。

960年(40歳)天文得業生だった晴明は村上天皇に占いを命ぜられる。

970年頃(50歳頃)天文博士に任ぜられる。

977年(57歳)このころ陰陽寮内で頭角を現す。

978年(58歳)陰陽博士として仕える。

979年(59歳)のちの花山天皇の命で那智山の天狗を封ずる儀式を行う。

993年(73歳)一条天皇の病快癒の禊(みそ)ぎが成功し正五位上に叙される。

1004年(84歳)雨乞いの五龍祭を行い、雨を降らせる。

1005年(85歳)死没。

 

平安時代の貴族に請われた実力ナンバーワンの陰陽師

921年の摂津国阿部野に生まれたとされています。

が、奈良に生まれたという話もあり、正直なところ確かな記録が残っていません。

安倍晴明は意外と遅咲きの陰陽師でした。

それについては陰陽寮という天文や暦を司る役所が賀茂氏に独占されていたため、安倍氏である晴明には出世がしにくい環境にあったのではないかと言われています。

清明は天文得業生(陰陽寮で天文道を学ぶ学生の職)という修行中の時から(ただしそのときもう40歳でしたが)天皇や貴族たちの間で活躍していました。

やがて天文博士となります。

979年には後の花山天皇の命で那智山の天狗を封ずる儀式を行います。

花山天皇、そして一条天皇や藤原道長の信頼を集め、彼らのお気に入りとなりました。

しかし、幻術や術を使ったような記録はなく、晴明の仕事のほとんどは吉凶の占いや吉日・吉時を上申する仕事がほとんどです。

ただ、993年に一条天皇が病に伏せった時、晴明がおこなったお祓(はら)いでたちまち病が回復。

1004年の深刻な干ばつに対する晴明の雨乞いの五龍祭が雨を降らせた、などといったスーパー陰陽師の晴明のイメージに近い活躍も記録されています。

雨乞いを成功させた清明は、翌年1005年に85歳の生涯を終えます。

その功績をたたえて一条天皇の勅命にて京都の清明の屋敷跡に清明神社が建立されました。

聖地! 晴明神社について詳しくはこちら

 

安倍晴明にまつわるエピソード

上記の事実と年表を無視するような安倍晴明の不思議なエピソードの数々。

あり得ないことだらけですが、私たちはそんなハナシが大好きですよね。

狐と人間のハイブリッド晴明?

晴明の母親に関して伝説があります。

昔命を助けられた狐が人間の女に化けて、その恩人となる人物の妻となって清明を生んだあと、正体がばれてしまい森へと帰っていったというのです。

おそらく晴明の陰陽師としての活躍に魅了された後世の人々が、

清明に霊力を持たせる根拠として狐の子供であるという理由付けをしたのだと考えられています。

 
ハイブリッド晴明?!の現代に続く安倍家の子孫はこちら

『今昔物語』に見る晴明の不思議な能力

幼い頃から当代一の陰陽師と評判だった賀茂忠行(かものだたゆき)に仕えていた晴明の話しがあります。

ある夜、外出する忠行の牛車に付き添って歩いていた晴明が、鬼たちの百鬼夜行に気づき、眠っていた忠行に知らせます。

忠行は、すぐさま陰陽術で自分と従者たち全てが鬼に喰われることがないようやり過ごすことに成功。

忠行は誰も気づかなかった鬼を見つけた晴明の才能に感心し、自分が知る陰陽道全ての知識を晴明に教えたそうです。

また、別な話では若い貴族や僧侶たちが好奇心を抑えかねて、評判の陰陽師・晴明に人や生き物を瞬時に殺せるかどうかを問いかけます。

晴明は無益な殺生はしたくないとたしなめますが、公達たちはムキになり、近くにいたヒキガエルを殺せと挑戦するのです。

晴明は仕方なく呪文を唱えて草の葉をカエルに投げかけると、なんとカエルは潰れて即死。

皆は晴明の力を信じ、恐ろしがったという晴明の超人的な力を示した例です。

出ました、ライバル・蘆屋道満

安倍晴明のライバルといえば、この人物、蘆屋道満(あしやどうまん)です。

またの名を道摩法師。

播磨国出身の実在した、庶民や貴族に雇われて活動する民間のスゴ腕陰陽師です。

ただし、道満のキャラクター設定は腕の立つ悪役そのもので、晴明の留守中に彼の妻を誘惑して秘術の書を盗み出し、その術で晴明を殺そうとする話も。

『宇治拾遺物語』の藤原道長に対する呪詛の話も有名です。

呪いの呪文が書かれた器を安倍晴明に見つけられ、「 これほどの術が使えるのは道魔法師しか考えられない 」と言わせます。

でも最終的には晴明に負けて京から追放されてしまうのです。

同時代に生きた実在の二人。

実際の関わりあいについてはやっぱり謎なんです。

 

きょうのまとめ

最後までお読み頂きありがとうございました。

安倍晴明とは

① 活躍を始める時期が遅かった陰陽師

② 平安時代の天皇や貴族に重用された天才陰陽師

③ 数々のエピソードから作られたヒーロー像の投影

 

その他にも安倍晴明にまつわる記事を書いています。

よろしければどうぞご覧ください。

 










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歴史ライター、商業コピーライター 愛媛生まれ大阪育ち。バンコク、ロンドンを経て現在マドリッド在住。日本史オタク。趣味は、日本史の中でまだよく知られていない素敵な人物を発掘すること。路上生活者や移民の観察、空想。よっぱらい師匠の言葉「漫画は文化」を深く信じている。 明石 白(@akashihaku)Twitter https://twitter.com/akashihaku 明石 白(akashihaku)Facebook https://www.facebook.com/akashihaku