絶世の美女と言われたお市。
お市は時代の風雲児織田信長の妹という立場から多くの悲劇を経験してしまいます。
最初の夫である浅井長政は実兄織田信長に滅ぼされ、
次の夫である柴田勝家は豊臣秀吉に滅ぼされてしまいます。
今回は柴田勝家が心から惚れぬいたお市、そして浅井長政との結婚についてお伝えします。
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絶世の美女、お市とは
お市の生涯
お市が織田信長の妹であることはよく知られています。
織田信長の妹というこの上ない立場ですが、それだけではなく、お市が絶世の美女と言われているも有名です。
最初の夫である浅井長政との間に生まれた三姉妹は
「浅井三姉妹(茶々・初・江)」も美女三姉妹としても有名です。
しかし浅井長政が実兄の織田信長に討たれ、お市は独身となります。
その後、織田信長が本能寺の変で亡くなると、お市は柴田勝家の妻となります。
なんと年の差は25歳です。
やっと幸せを得られると思った矢先、ここで2度目の不運がお市に降りかかります。
柴田勝家は織田信長亡き勢力争いで豊臣秀吉と対立。
ついに追い詰められ、夫柴田勝家と共に自害するに至ります。
なお、美人三姉妹「浅井三姉妹」もそれぞれ時代を動かす人生を歩んでいます。
豊臣秀吉の側室に。
次女の「お初 」:
実の父浅井家の主筋に当たる近江の京極家、京極高次と結婚。
三女の「お江」:
徳川家康の嫡男、徳川秀忠と結婚。正室として三代将軍徳川家光を産む。
浅井長政とは
浅井長政は近江出身、織田信長と同盟を結ぶことで勢力を拡大。
知力、武勇ともに優れていたと言われています。
織田信長も実の弟のように浅井長政を可愛がっていました。
しかし、織田信長が越前(福井県)の朝倉義景を攻めたことで事態は急変します。
朝倉家と浅井家は同盟を結んでいたことから、織田信長と決裂、朝倉氏についてしまいます。
激怒した織田信長はついに朝倉家、そして実の妹お市が嫁いだ浅井家を滅ぼします。
浅井長政は29歳という若さでこの世を去りました。
柴田勝家の貫いた純愛?
柴田勝家はお市と結婚するまでは独身を通していたと言われています。
絶世の美女お市を想い、ただひたすら結婚を望んでいたと考える人も多くいます。
しかし、当時の戦国時代は結婚は政略結婚が主流でした。
織田信長亡き後、豊臣秀吉が勢力を拡大、密かに織田家包囲網をしいてきます。
そのため柴田勝家とお市が結婚した背景には政治的なものだった可能性が高いです。
政略結婚だったかもしれませんが、二人は仲が良かったと言われています。
この後、1年ほどで豊臣秀吉が本格的に柴田勝家を滅ぼそうと追い詰めてきます。
秀吉に気に入られていたお市は逃げ出すこともできました。
しかし、愛を貫いた夫柴田勝家と最期を共にし、二人は自害するに至ったのです。
きょうのまとめ
最後に簡単にまとめます。
柴田勝家の愛したとお市とは、
② 最初の夫浅井長政は実兄の織田信長に討たれる
③ 再婚相手の柴田勝家に愛され、仲がよかった
④ 豊臣秀吉に討たれ、越前北ノ庄城で柴田勝家と共に二人で自害
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よろしければどうぞ御覧ください。
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