菅原道真が「東風吹かば」と詠えば、梅は空を飛ぶ

 

政敵の讒言(ざんげん/人を陥れるための告げ口)によって

無実の罪で左遷された菅原道真

彼の左遷直前に作られた歌とそれにまつわる花の話しをご紹介します。

 

梅が好きだった菅原道真

学問に秀でた人物、スゴ腕政治家としての顔がある道真ですが、

和歌の才能にもあふれた人物でした。

『古今和歌集』、『新古今和歌集』、『拾遺和歌集』、『後撰和歌集』や『百人一首』にも道真の歌が選ばれています。

道真5歳の時の和歌

道真がまだ阿呼(あこ)と呼ばれていた5歳の時、初めて詠んだ和歌は梅の歌でした。

梅の花 紅の花にも 似たるかな 阿呼がほほにも つけたくぞある

(梅の花の色は、紅の色に似ている。阿呼の頬につけてみたいなあ)

花の美しさを発見した時の無邪気な少年の初々しい歌です。

道真13歳の時の漢詩

そして道真は13歳の時に作った漢詩

『月夜見梅花(げつやにばいかをみる)』でも梅を歌っています。

『月夜見梅花』

「月耀如晴雪(げつようせいせつのごとく)、

梅花似照星(ばいかしょうせいににたり)

可憐金鏡転(あわれむべしきんきょうてんじて)、

庭上玉房馨(ていじょうにぎょくぼうのかおれるを)」 

(『菅家文草』より)

(今夜の輝く月は、晴れた日の雪のように明るく、

その中で梅の花は、きらきらと輝く星のようだ。なんて素晴らしいのだろう。

金の鏡のような月光が転じて、庭では玉のような花房を香らせているというのは)

13歳で既にもう文才があふれ出しているようです。

このように子供の頃から道真は梅の花が好きだったんですね。

ちなみに菅原家の家紋も梅を図案化したものです。

「梅鉢」と呼ばれるもので、中心から放射線状に配置した花弁が太鼓のバチに似ていることに由来しています。

 

名歌「東風吹かば」と「飛梅伝説」

多くの美しい歌を詠んだ道真ですが、やはり一番知られた歌といえば、

「東風吹かば」でしょう。

そして、それも「梅」の歌でした。

私がいなくても、春を忘れるな

901年、平安京から遠く太宰府へ左遷されることとなった菅原道真。

彼の屋敷である紅梅御殿の庭木のうち、特に愛でていた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しみます。

その時、白梅の木に語りかけるように歌を詠んだのです。

「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅花(うめのはな) 主なしとて 春を忘るな」

(初出『拾遺和歌集』)

もしくは    
       

「東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」

(初出『宝物集』)

(東風が吹く春になったらかぐわしい花を咲かせておくれ、梅の木よ。
太宰府に行ってしまう主人(私)がもう都にはいないからといって、春の到来を忘れてはならないよ)

歌が紹介された出典によって語尾が若干違いますが基本的な意味は同じです。

多くの歌人にも好まれ引用され、藤原定家、源実朝、式子内親王などの著名歌人によってこの歌の派生歌が詠まれました。

実は桜の歌もあった

白梅に詠った「東風吹かば」の歌があまりにも有名ですが、実は、道真は左遷の前に桜にも歌を詠んでいました。

「さくら花 主を忘れぬものならば 吹き来む風に 言伝(ことづ)てはせよ」

(『後撰和歌集』)

(桜の花よ、主人を忘れないでいてくれるなら、配所(左遷先)まで吹いてくる風に言づてをしてくれよ)

「東風吹かば」と共に、花への深い思いがあふれる道真の歌。

遠く離れた場所へ行く彼が「風」に心を託して梅や桜と会話をしようとしていたように思えませんか?

「飛梅伝説」とは

道真を慕う庭木たちのうち、桜は、主人が遠い所へ去ることを知ってからというもの、悲しみのあまり、みるみるうちに葉を落とし、枯れてしまいました。

梅と松は道真を慕う気持ちが強く、後を追って空を飛びます。

ところが松は途中で力尽き、現在の神戸市須磨区板宿町あたりの丘(後世「飛松岡」と呼ばれた丘)に降り、そこに根を下ろしました。

一方、残った梅だけは、道真の暮らす太宰府まで見事に飛んでゆき、その地に降り立ったのです。

これが世にいう「飛梅伝説」です。

太宰府天満宮の飛梅

さて、道真を慕った梅は太宰府天満宮のご神木として、本殿の手前に今もあります。

道真を追って都から一夜かけて飛んできたという「飛梅」です。

樹齢は1000年以上です。

品種は「色玉垣」という早咲きの八重の梅。

毎年境内で一番早くに白い梅の花を咲かせます。

現実的な視点でこの飛梅伝説を考察した説もあります。

道真に仕えて太宰府にも同行した味酒保行(うまさけのやすゆき)が株分けの苗木を植えた説、道真を慕った伊勢国(現・三重県)の白太夫という人物が大宰府を訪ねる際、旧邸から密かに持ち出した苗木を渡した説などです。

実際は、このあたりの話しが真相といったところでしょう。

実は、飛梅伝説は他の地方にも見られます。

道明寺天満宮(大阪府藤井寺市)、宝楽寺(福井県大飯郡)、防府天満宮(山口県防府市)などにもある、空をはるばる飛んできた主人思いの梅の伝説。

いずれも、道真を慕う人々の気持ちが梅に変わって伝えられた話だと思われ、そこから道真の人柄が偲ばれますね。

 

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歴史ライター、商業コピーライター 愛媛生まれ大阪育ち。バンコク、ロンドンを経て現在マドリッド在住。日本史オタク。趣味は、日本史の中でまだよく知られていない素敵な人物を発掘すること。路上生活者や移民の観察、空想。よっぱらい師匠の言葉「漫画は文化」を深く信じている。 明石 白(@akashihaku)Twitter https://twitter.com/akashihaku 明石 白(akashihaku)Facebook https://www.facebook.com/akashihaku