推古天皇の摂政として活躍した
聖徳太子。
彼は天皇中心の中央集権国家を目指す、天才政治家でした。
聖徳太子はどんな人物だったのでしょう。
今回は聖徳太子を紹介します。
タップでお好きな項目へ:目次
聖徳太子はどんな人?
- 出身地:飛鳥(現在の奈良県)
- 生年月日:574年2月7日年
- 死亡年月日:622年4月8日(享年48歳)
- 別名 厩戸皇子。推古天皇の摂政として政治の実権を握り、天皇中心の国づくりを目指す。
聖徳太子 年表
西暦(年齢)
574年(1歳)用明天皇の皇子として生まれる。
587年(13歳)丁未の乱が起きる
593年(19歳)推古天皇が即位し、摂政に任じられる
603年(29歳)冠位十二階を制定
604年(30歳)十七条の憲法の制定
607年(33歳)小野妹子らを遣隋使として隋に派遣
620年(46歳)「国記」「天皇記」を編纂する
622年(48歳)死去
聖徳太子の生涯
それでは、聖徳太子の生涯についてみていきましょう。
蘇我系の皇族として誕生
574年、聖徳太子は用明天皇の皇子として生まれました。
「聖徳太子」とは死後につけられた名前で、生前は厩戸皇子と呼ばれていました。
曽祖父は蘇我稲目で、両祖母とも蘇我系の女性です。
また、蘇我馬子は大叔父にあたります。
聖徳太子は蘇我氏と非常に血縁が深い皇子でした。
丁未の乱(ていびのらん)
587年に丁未の乱が起こると、聖徳太子も蘇我氏側として戦いました。
まだ若かった為、実戦では活躍しませんでしたが、
四天王像を彫り、蘇我氏の戦勝を祈願したという言い伝えが残っています。
推古天皇の摂政として
593年、推古天皇が即位すると、摂政に任命され政治を担います。
聖徳太子は、蘇我馬子と協力して
天皇中心の中央集権国家を目指し、急進的な政治を行いました。
聖徳太子の政治
581年に分裂状態だった中国を隋が統一すると、倭(当時の日本)は隋の脅威にさらされることになります。
聖徳太子は、豪族同士の争いが絶えない倭を
天皇中心の中央集権国家としてまとめ、独立国として隋と対等な外交を行うことを目指しました。
冠位十二階と十七条の憲法の制定
603年、聖徳太子は冠位十二階の制定を行います。
冠位十二階は日本で始めての位の制度です。
それまでのような世襲制の氏族制とは違い、個人の功績に対して位が与えられました。
これは、家柄に関係ない人材登用だけではなく、豪族達を天皇に仕えさせるきっかけになります。
翌年604年に十七条の憲法を制定し、朝廷に仕える心構えや道徳を説きました。
遣隋使の派遣
607年、小野妹子らを遣隋使として派遣します。
遣隋使とは、当時の先進国の隋で文化や学問、技術を学ぶための使節のことです。
また、中国との国交を再開する目的もありました。
で始まる手紙は中国の皇帝を激怒させますが、
隋に独立国として認めさせることに成功しました。
「国記」「天皇記」の編纂
聖徳太子は、蘇我馬子と協力して歴史の編纂を行いました。
当時の国際社会で認められるためには、
国や天皇の正当性を証明する必要があったからです。
620年「国記」と「天皇記」が完成します。
仏教の普及
聖徳太子は、仏教の普及に努めました。
大きな寺や仏教の教えを広める学問所を作り、
「三経義疏」という経典の注釈書を編集しました。
聖徳太子の伝説やエピソード
超人伝説
聖徳太子は超能力者のような伝説がたくさん残されています。
・予知能力があった
・乗った馬が飛び立って遠くに行った
などです。
事実とは思えませんが、このような伝説が生まれるほど優秀な人物だったのでしょうね。
聖徳太子は架空の人物?
厩戸皇子には、
・中臣(藤原)鎌足と中大兄皇子が実行した乙巳の変を正当化(厩戸皇子の一族を滅ぼした蘇我氏を悪者にしたかった)のため、藤原氏が厩戸皇子の実績を捏造し神格化した
という説があります。
その根拠は、
・中国の歴史書との食い違い
・摂政という官職が当時はなかった
ことが挙げられます。
しかし、推古天皇の時代に文化や外交の面で飛躍したことは事実であり、リーダーの存在は不可欠だったといわれています。
厩戸皇子がリーダーシップをとり、聖徳太子と呼ばれるのに相応しい政治(冠位十二階や遣唐使など)を行ったというのが、
現在の通説のようです。
きょうのまとめ
聖徳太子についていかがでしたでしょうか。
聖徳太子とは?
① 蘇我系の皇族として誕生
② 隋と対等な外交を行うために、天皇中心の集権国家を目指す
③ 超人的なエピソードを残す
④ 聖徳太子は架空の人物説がある
はじめて国を意識した政治家、それが聖徳太子でした。
彼の理想は、中大兄皇子(天智天皇)や天武天皇に引き継がれていきます。
その他の人物はこちら
飛鳥時代に活躍した歴史上の人物
関連記事 >>>> 「【飛鳥時代】に活躍したその他の歴史上の人物はこちらをどうぞ。」
時代別 歴史上の人物
関連記事 >>>> 「【時代別】歴史上の人物はこちらをどうぞ。」
コメントを残す