釈迦が悟りを開くために行った苦行とは?6年間の逸話を紹介

 

紀元前6~5世紀にかけて、インド各地に仏教の思想を広めた

釈迦しゃか

彼は多くの人に人生の指標を示す存在となりましたが、その境地に辿り着くのは容易ではなく、何年もの紆余曲折を経ました。

なかでもその苦行に関する逸話を辿ると、常人にはとても行えるものではなく、それほどまでに強い想いがあったからこそ、釈迦は悟りの境地にいたったということがわかります。

今回は釈迦が行った苦行を中心に置き、彼がいかにして悟りを開いたのかに迫っていきましょう。

 

釈迦が弟子入りした3人の人物

釈迦

釈迦
出典:Wikipedia

釈迦はもともと王族として裕福に暮らしていましたが、あるとき「老・病・死」という苦しみからは何人も逃れられない事実を目の当たりにし、人生に迷います。

そんな折、出会った修行僧の清らかな姿に感銘を受け、「これこそ苦しみを克服する道ではないか」と、出家を決意したのです。

何か道を志すとき、多くの人がそうするように、釈迦もまずは詳しい人に教えてもらおうと思ったのでしょう。

彼は僧としての修行に精通していた3人の人物に師事しています。

バッカバ仙人

釈迦が最初に訪れたのは、天上界に生まれ変わることを目指して苦行を行っていたバッカバ仙人でした。

釈迦は仙人の苦行をしばらく観察していましたが、

釈迦
この人は自分自身が気付きを得ようとするのではなく、天上界に答えを求めているではないか

と気付きます。

そんな他力本願な修行では、悟りを開くことはできないと感じ、釈迦はバッカバ仙人のもとを去るのでした。

アーラーラ・カーラーマ

次に釈迦が訪れたのは、300人の弟子をもつ、インドでも有数の思想家だったアーラーラ・カーラーマです。

彼が釈迦に説いた教えは空無辺所くうむへんしょというもの。

簡単にいえば、肉体は単なる入れ物に過ぎず、大切なのは想念であるという教えです。

釈迦はこの教えを短期間で体得すると、アーラーラ・カーラーマから才能を見出され、「後継者として共に300人の弟子を導いてくれないか」と懇願されます。

しかしこの教えを追求していくことも、悟りには通じないと釈迦は判断。

こうしてアーラーラ・カーラーマの元を去ることになります。

ウッダカラーマ・プッタ

アーラーラ・カーラーマの元を去った釈迦は、続いてウッダカラーマ・プッタという、これまた多くの弟子をもつ思想家に師事します。

ウッダカラーマ・プッタが説いていたのは非想非非想処ひそうひひそうしょという教えでした。

非想というのは雑念がない状態を表し、非非想は雑念が残っている状態を表します。

つまりこれは雑念を取り払うことを目指した教えでした。

空無辺所に続き、釈迦はこの教えも即座に体得してしまい、ウッダカラーマ・プッタからも、後継者にと懇願されます。

しかしこの教えをもってしても、まだ釈迦の求める境地にはいたらないとし、彼はウッダカラーマ・プッタの元を後にするのでした。

 

悟りの境地へ

師事することでは悟りは得られないと判断し、自ら苦行を科す

3人の著名な思想家に弟子入りした末に、釈迦が出した結論は「誰かに教わるのではなく、自分で気付かないといけない」ということでした。

そこから6年間、彼は誰の教えでもなく、自分の力で答えを見出そうとしたのです。

己を磨くというと、多くの人が苦しい試練を乗り越えることを想像するでしょう。

釈迦も例に違わず、自らに苦行を強いていきました。

あるときは極力息を止めて過ごすことを科し、あるときは直射日光を延々と浴び続けるなど、自分をわざと極限の状態へと追いやろうとしたのです。

なかでもよく逸話で語られるのが断食の話でしょう。

釈迦は食事の回数を徐々に制限していき、最終的には週に一度、少量のご飯を食べるだけになっていたといいます。

そんな状況になっても、「まだご飯が食べたいという欲が残っている」と、自分に甘さを感じていたのだとか…。

村娘スジャータに助けられ、「苦行ばかりではいけない」と悟る

お釈迦様とはいっても、やはり普通の人間に変わりはありません。

釈迦は厳しい断食の末、まさに骨と皮だけの状態になり、しまいには気を失ってしまいます。

そのとき村娘のスジャータから食事を恵んでもらい、釈迦は一命を取り留めました。

この出来事をきっかけに、彼は

釈迦
苦行を強いるばかりではいけない

と気付くのです。

苦行を行ったことで、スジャータに迷惑をかけてしまったからか、彼女が助けてくれたことに苦行を上回る意味を感じたのか…定かではありません。

しかしこれを転機にして、釈迦は今までと違う瞑想修行に取り組み、悟りの境地にいたったのは事実です。

何かに向けて必死に頑張るのは素敵なことですが、苦しいばかりでは心も荒んでしまいます。

この逸話はそういったバランス感覚の重要性を表しているのかもしれませんね。

 

きょうのまとめ

釈迦は最終的に行き過ぎた苦行は無意味だという結論にいたりましたが、その結論も彼が通ってきた紆余曲折があってこそのものです。

その経験があるからこそ、彼は仏教の基礎を築くことができました。

教えを乞うばかりではなく自ら行動を起こし、経験から気付きを得ることが大切だと、彼の苦行の逸話からは学ぶことができます。

最後に今回の内容を簡単にまとめておきましょう。

① 釈迦は3人の著名な思想家に弟子入りし、それぞれの境地に達した

② 教わることでは真の気付きは得られないという結論から、自ら苦行を科すことに

③ 村娘のスジャータに助けられたことをきっかけに、行き過ぎた苦行は無意味だと知った

釈迦のような経験を積むことは難しいかもしれませんが、その考えの一端に触れて、自分の生活に活かしていくことだけでも、十分に有益といえますね。

釈迦の年表を含む【完全版まとめ】記事はこちらをどうぞ。
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