中国史における悪女、西太后の逸話4選

 

長きに渡る中国史の中には、3大悪女と呼ばれる女性が存在します。

悪事を行いながらも皇帝に輝いた武則天、息子が愛する女性を晒し者にした呂雉。

そして、皇帝の嫁を井戸に落として殺害した西太后です。

今回は、中国3大悪女の中から西太后のエピソードを紹介します。

 

西太后の逸話4選

西太后

出典:Wikipedia

清王朝にて悪女として名を馳せた西太后の逸話を5つ紹介します。

逸話の中には、彼女の性格や歴史について分かりますよ。

西太后の悪行を予想した人物

西太后は、満洲族という中国の部族出身の女性でした。

しかし、後金の創始者(のちに清の初代皇帝になる)であるヌルハチによって、部族が壊滅。

その際に、部族のリーダーがヌルハチに向かってあるセリフを吐きました。

わが子孫に一人の女子でも生き延びることができるのなら、必ずアイシンを滅ぼしてくれようぞ。

(台湾中華書局「清朝野史大観」より引用)

※アイシンとは後金のこと

 

このことを聞いたヌルハチは、以後清朝に部族関係の女性を宮中に入れないようにしていました。

しかし、そのルールは破られてしまい、部族出身の西太后が宮中に。

この後、西太后により清朝内部が崩壊してしまい、まさにリーダーの発言通りになってしまいました。

愛する子供を自ら幽閉

西太后は、自分の妹の子供である光緒帝を無理やり清の皇帝に仕立て上げました。

当時は光緒帝が4歳ということもあり、摂政として西太后がまるで皇帝かのように政治を掌握。

しかし、光緒帝が大人になり、清を改革しようとした時に西太后が動きだします。

 

光緒帝は清を西洋化させるために、積極的な改革を行っていました。

しかし、西太后はその流れを嫌い、保守系の人々と協力して弾圧。

無理やり皇帝にするほど愛していた子供を、自分の欲望のために幽閉までしてしまったのです。

その上、光緒帝の嫁に対して常に泣いているという理由を背景に、井戸に突き落として殺害

せっかく西洋化を成し遂げようとしていた清を、ストップさせてしまいました。

 

清の改革を止めてしまった西太后ですが、晩年である1908年には新たな皇帝として溥儀を擁立します。

溥儀とは清朝および長きに渡る中国王朝最後の皇帝になる人物。

しかし、皇帝になった時の溥儀はまだ2歳でした。そのため、権力も十分に持っておらず、清王朝の崩壊が一段と早くなります。

光緒帝や溥儀のエピソードを含めても、悪女である西太后は子供好きと思わせる行動をいくつか行なっていますよ。

清朝の慣習を破壊した美の女性

西太后の化粧は、毎日時間がかかるほど厚化粧

こだわりも強く、化粧やファッションに対して毎日数多くの注文を周辺の宦官や官女に伝えてるほどでした。

もちろん、この化粧や着付けを注文通りにしないと西太后からかなり怒られることに。

そのためにも、しっかりと要望通りに化粧を行なわなければなりませんでした。

 

また、化粧だけではなく、若返りに関しても関心を持っていました。

特に髪の美しさは彼女の魅力が詰まったポイント。

当時の清朝では髪を洗わないことが多かったのですが、西太后はそのルールを無視。

髪を丁寧に洗い、美容に効果的な薬品を使って髪の美しさを保ちました。

 

厚化粧自体も当時の清朝においては異例のこと。

悪女としてあまり良いイメージではないですが、美容面では多くの改革を行なった女性といえるでしょう。

西洋嫌いから急に写真好きに?

自分が擁立した光緒帝を幽閉してまで保守的な政治を行おうとした西太后。

しかし、幽閉後に起きた義和団事件以降は、その性格が一転します。

彼女は、西洋の文化を急に受け入れるようになったのです。

 

西洋の文化の中でも、特にカメラに対する興味を持っていました。

カメラそのものをじっくり見たり、部下に撮影させたりなどして楽しみました。

また、その影響で性格も穏やかになり、撮影が失敗したとしても以下のセリフを言うほどです。

撮る時をきちんと言ってくれ。しかめっつらをしていたようだ。次は楽しそうな顔をするから

(徳 齢「素顔の西太后」より引用)

メイクの時には厳しい西太后ですが、カメラに対しては優しく対応。

そのため、正面写真はもちろん、外国人と一緒に写ったり、普段の様子を写したりなどの写真が残されていますよ。

現在でも写真のおかげで、どのようなルックスなのかを現在でもはっきりと見ることができます。

 

きょうのまとめ

今回は西太后の逸話を4つ紹介しました。

簡単にどのようなエピソードだったのか振り返ってみましょう。

① 清の初代皇帝に滅ぼされた部族出身の女性

② 保守的な政治を行うために、自ら擁立した皇帝を追放

③ 美しさにこだわり、中国の美容を大きく前進させた

④ 晩年は西洋好きになり、特にカメラに興味を持った

西太后のエピソードは、まだまだありますが嘘のエピソードも数多くあります。

今回は、西太后に関する本を中心に、真実のエピソードをピックアップしました。

また紹介した西太后以外にも、当サイトでは中国の偉人を数多く紹介しています。

中国の歴史に興味がある方は、是非合わせてご覧下さい。

 










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