「早く生まれすぎた男」がおります。
今ある常識をうのみにはせず、本当に正しいものか疑ってかかる慎重さ。
自分の体でしっかり積み重ねた真実で世の中をきれいに整理しなおします。
しかし、そういった人間によくあることとして時代の常識が大きく立ちはだかります。
自分が正しいのか、常識が正しいのか、そういったバトルを繰り広げたヒーロー。
その時代はまさに常識に凝り固まったヨーロッパ中世。
敵はあまりに強大だぞ!
「中世最初の近代人」とたたえられる男、その名は神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世。
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フリードリヒ2世はどんな人
- 出身地:イタリアのイェージ
- 生年月日:1194年12月26日
- 死亡年月日:1250年12月13日(享年55才)
- シチリア王。神聖ローマ皇帝。ローマ教皇に2回破門されながら十字軍を率い、イスラエルを無血開城。
フリードリヒ2世の年表
1194年(0才)フリードリヒ2世生まれる
1197年(2才)父ハインリヒ6世亡くなる
1198年(3才)シチリア王に即位。母であり摂政コンスタンツァ亡くなる。
1211年(16才)神聖ローマ皇帝即位
1228年(33才)第6次十字軍出発
1229年(34才)イスラエル無血開城を達成
1231年(36才)『皇帝の書』発布
1234年(39才)息子ハインリヒが反乱を起こす
1242年(47才)息子ハインリヒ死亡
1250年(55才)フリードリヒ2世亡くなる
民族・宗教さまざまなシチリアで育つ
フリードリヒ2世はシチリア王であり神聖ローマ皇帝であるハインリヒ6世の子として生まれます。
しかし、2才でお父さんは死亡。
3才でお母さんも死亡。
教皇庁のブランドを史上最高に押し上げたと評判のローマ教皇インノケンティウス3世をたより、後ろ盾になってもらいます。
しかし、幼いフリードリヒ2世の権力はとても不安定。
シチリアの町をうろつき、市民らに食料をめぐんでもらうこともありました。
そして、そもそもシチリアはイスラム教徒・ギリシャ正教徒・ローマカトリック教徒などいろんな価値観の人たちが暮らす場所。
幼いころのフリードリヒ2世はカトリック教徒でありながら、多くのイスラム教徒に囲まれながら過ごしたといわれます。
フリードリヒ2世十字軍の奇跡
フリードリヒ2世はこうした環境に育ち、しかも、幼いうちから6か国語をしゃべれるほどのかしこさ。
世の中の常識を疑ってかかる“探求者”として着実に育ってゆきます。
そんな彼にヨーロッパ中からあてつけられた難しい問題が第6次十字軍。
ローマ・カトリック教徒の代表としてイスラム教徒に占領された聖地エルサレムを奪い返してこなければなりません。
しかし、イスラム教徒はシチリアの領内におり、フリードリヒ2世と助け合う関係です。
そこで、フリードリヒ2世は思いもよらない作戦をおこない、世界中の度肝を抜きます。
それは敵であるアラブのイスラム側リーダー、アル・カーミルと話し合い、
「ほぼ戦争をせずに、聖地エルサレムを解放してもらおう」
というのです。
まんまとこの作戦は成功。
ところが、怒ったのはローマ教皇をはじめとするローマ・カトリック世界。
「おれたちの敵をやっつけずに、聖地エルサレムを奪い返して何になる!」
と、かえって裏切り者あつかいです。
理屈に合わないパワハラには断固抵抗
常識を疑ってかかるフリードリヒ2世はまったく納得しません。
何かにつけて「破門だ」「神敵だ」といちゃもんを付けてくるローマ教皇とは対立。
しかし、ローマ教皇もずるがしこく、フリードリヒ2世の息子ハインリヒをそそのかし、フリードリヒ2世に反抗させます。
フリードリヒ2世はそんな嫌がらせにめげず、彼らととことんやりあいます。
時代を圧倒的に先取り!
フリードリヒ2世は一方で、『皇帝の書』で、
●貧しい人たちの職業訓練・無料の診察
●貨幣の統一
●リンチの禁止
などの政策を施行。
どれも当時としては考えられないことでしたが、あなたも知っての通り、今となっては当たり前。
時代をはるかに先取りしておりました。
そのため、フリードリヒ2世の領地に住む人々の間では根強い人気がありました。
一方で、真実を探求するあまり、人情がゴソッとぬけおちていることもたまにありましたが……。
きょうのまとめ
当時、アラブは天文学や化学などを一生懸命研究。
アジアのモンゴルでは世界初の“国家的”お札が出回っております。
なのに、ヨーロッパはいつまで経っても、いろんな常識に変なこだわり方をし、一部の権力がやりたい放題、つまらない戦争や身分制度やぼったくりを繰り広げ続けております。
それからずいぶん経ってからフリードリヒ2世の本当のすごさが証明されるのですがね。
① フリードリヒ2世は多民族共生のシチリアに育った
② フリードリヒ2世は第6次十字軍でほとんど戦争をせずに、聖地エルサレムの解放に成功した
③ フリードリヒ2世は人権や政治制度について時代をものすごく先取りしていた
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