室生犀星の「叙情」があふれるおすすめ作品5選

 

石川県金沢市が誇る詩人・小説家の室生犀星むろうさいせい

薄幸な生い立ちを持つ犀星が発表する作品は、素朴で、傷ついた者だけがわかる繊細さと優しさにあふれています。

今回は、彼の叙情世界に入り込めるおすすめ作品5つをご紹介します。

 

室生犀星を読むならこの5作品

室生犀星

出典:Wikipedia
室生犀星

詩集『叙情小曲集』

『叙情小曲集』は1918年に刊行されました。

犀星が20歳から24歳ごろまでに書いた詩の90編余りを収めたものです。

室生犀星を知らない方も、この詩の冒頭をどこかで聞いたことがあるのでは?

「ふるさとは遠きにありて思ふもの

そして悲しくうたふもの・・・」

(「小景異情 その二」)

故郷への切ない気持ちがあふれるこの有名なフレーズは犀星によるものだったんですね。

詩集の中では「故郷に対する思い」を絶唱した犀星。

しかし、そこでは実の両親からの愛情を受けることなく育ちました。

彼は、故郷の山河や養父母との思い出、そして少年時代の心の傷さえも心の拠り所としたのかもしれません。

彼にとっての故郷とは何だったのでしょう。

そして私たちにとっての故郷とは・・・。

そんなことを考えさせる詩集です。

詩集『愛の詩集』

犀星が自費出版した処女詩集です。

『叙情小曲集』と同年に刊行され、犀星の23歳から28歳ごろまでの詩50編余りが、

「故郷にて作れる詩」

「愛あるところに」

「我永く都会にあらん」

の3つに分かれてまとめられています。

詩には、彼のふるさと石川県金沢市の犀川も登場し、美しい情景の中で自分の生い立ちや家族・友人への思い、彼の都会生活が表現されています。

『叙情小曲集』とこの『愛の詩集』の2つの詩集により、室生犀星は大正時代の詩壇における最も有望な詩人として、萩原朔太郎と並んで高く評価されました。

実は、この詩集は犀星の養父・室生真乗しんじょうに捧げるものでした。

しかし、「故郷にて作れる詩」の章の終わりには、父親が亡くなる前に詩集を見せることが適わなかったと記されています。

犀星自身による詩集のことば書き「みまかりたまひし父上におくる」に込められた思いを汲んで各作品を読んでみてください。

北原白秋は、この詩集によせた序文で、

北原
ここにはあらゆる人間の愛がある

と述べていますが、まさにその通り。

『愛の詩集』は、人の痛みを理解する優しさにあふれ、読んだ後でゆっくりと心が温まるような詩集です。

小説『性に目覚める頃』

詩人であった室生犀星が、詩作の行き詰まりを感じ、詩作を中断して書いた叙情的私小説です。

1933年に発表されました。

タイトルからもわかるように17歳前後の登場人物が、子供から大人になる過程を扱った作品です。

端的に言えば、ナンパの達人である友人の影響を受けて、主人公の「私」も異性への関心を持ち始めるといった、犀星の成長物語です。

「私」は、詩を雑誌に投稿して当選したことから、世の中から必要とされる自分の存在意義に気づきます。

自分の世界に閉じこもっていた「私」は、それをきっかけに他者にも関心を向け始めるのです。

友人との交流、異性への興味。

そして、うぶな「私」のおかしな好意の表現、友人の死に直面したときの心象などが綴られます。

犀星が育った寺・雨宝院、犀川など大正時代の金沢の町の様子や、社会に向けて踏み出していく作者の成長を、読者も追体験できます。

当作品を通して犀星の他の詩や小説への理解が深まることでしょう。

短編小説『あにいもうと』

『文藝春秋』1934年7月号にて発表され、1935年の第一回文芸懇話会賞受賞をした作品です。

描かれているのは、兄と妹の家族としての本能的な愛情の葛藤

主人公である妹の赤座もんのモデルは、室生犀星の養母・赤井ハツです。

養母ハツは、加賀藩足軽頭の小畠弥左衛門吉種こばたけやざえもんよしたねと女中の間に生まれた犀星を、自分の私生児として育てた経緯があります。

物語では、川師(川床の工事をする人夫)を父に持つ貧しい家族の長女・赤座もんは、1年前に恋人小畑の子を妊娠しましたが、小畑に捨てられ、子供を死産してやけっぱちになって生きています。

そこに小畑が手切れ金を持って1年ぶりに訪ねると、後でもんの兄である伊之助に殴る蹴るの酷い目に遭わされるのです。

そのことで兄・伊之助と妹・もん大喧嘩を起こします。

この2人のすさまじい争いにはそれぞれに深い理由があってのことでした。

そして、シンプルで不器用な2人の感情のぶつかり合いは、ずんと突き抜けた太い家族の愛情にあふれています。

現代の家族関係から失われつつあるような、あの時代の野太い愛情物語

望郷詩人とも言われた犀星に秘められたパワーを感じる物語です。

長編小説『杏っ子』

1956年から約1年間「東京新聞」夕刊で271回にわたって連載された、室生犀星の自伝的長編小説です。

『あにいもうと』が犀星の養母の世代を描いた小説ならば、こちらは犀星と彼の娘・朝子の世代を描いた小説

物語は、おおまかに

前半:

「不遇な少年期を送った平山平四郎が、小説家となり、結婚して杏子が生まれる」

後半:

「成長した杏子が結婚し、結婚生活とその後についての」

に分かれます。

驚く結果も大団円もない結末ですが、老作家の「私」の言葉には、詩人犀星の感性があふれ、独特な味のある言葉が読者の心に染み入ります。

新聞連載小説だったため細かくタイトルが分れており、また、犀星が詩人であることから、文章がリズミカルで読みやすいのも特徴です。

実は、架空の話ながら、平山平四郎が交流する文士たちとして実在の作家たちも登場。

関東大震災の後に

芥川
杏子嬢は無事か、奥さんは?

芥川龍之介が現われ、菊池寛、堀辰雄や佐藤春夫などの名前も見られます。

文豪ファンにはちょっと嬉しい場面です。

母親ではなく老作家という父親の視点が独特で、単なる子育て物語ではありません。

平四郎の博愛主義的な考え方による不思議な安心感と、父娘の深い絆が描かれた小説です。

 

きょうのまとめ

今回は詩人・小説家として活躍した、室生犀星のおすすめ作品をご紹介させていただきました。

簡単なまとめ

① 詩集『叙情小曲集』『愛の詩集』は詩人・室生犀星を育んだ世界を描いた叙情的作品

② 私小説『性に目覚める頃』は、詩人として踏み出し始めた犀星の成長を追体験できる作品

③ 自叙伝的小説『あにいもうと』『杏っ子』は、犀星が自分の家族への愛情を独特に表現した作品

です。

機会があればぜひ室生犀星ワールドを味わってみてくださいね。

 

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歴史ライター、商業コピーライター 愛媛生まれ大阪育ち。バンコク、ロンドンを経て現在マドリッド在住。日本史オタク。趣味は、日本史の中でまだよく知られていない素敵な人物を発掘すること。路上生活者や移民の観察、空想。よっぱらい師匠の言葉「漫画は文化」を深く信じている。 明石 白(@akashihaku)Twitter https://twitter.com/akashihaku