世界最大のピラミッド!クフ王の墓の謎に迫る

 

エジプトに建設された「ギザの大ピラミッド」は、ピラミッドとしては世界最大規模です。

このピラミッドはエジプト第4王朝のファラオ、クフ王の墓だといわれています。

しかし未だに謎とされる部分も多く、本当にクフ王の墓なのかどうかも怪しい…どうやって作られたのかわからない…なんて話も。

今回はそんなクフ王の墓について、議論されている様々な説を垣間見ていきましょう。

 

クフ王の墓はどうやって建てられたのか?

ギザの大ピラミッドは、紀元前2560年ごろに、約20年の時間をかけて建設されました。

これをクフ王の墓だと最初にいい出したのが、紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトス

説が出てきたのが建設からすでに2000年も後の話ということで、この情報だけではクフ王の墓だという確証がないと、今も議論が続いています。

完成時の高さ146.6メートルで、14世紀にイギリスのリンカン大聖堂ができるまでは世界一高い建造物だったんです。

重さ約2.5トンもある石灰岩270~280万個も積み上げ、その造形も古来より人間が最も美しいと感じる黄金比に近い比率で作られています。

こういったことから、当時の技術ではとても建設できるとは考えにくい建造物なんです。

クフ王の墓がどうやって建てられたのかについても、様々な説がささやかれています。

通路の上をソリで引っ張っていった

一つは石灰岩を切り出す石切り場からピラミッドに向かって通路が引かれ、ソリで引き上げていったとする説。

しかしこのやり方だと、ピラミッドが完成に近づくにつれてどんどん通路が長くなっていくことになります。

こういった点からこの方法はピラミッドを組み立てる労力以上に、通路を組み立てるのに労力がいるとされ、難しいといわれているんです。

外周に沿ってらせん状の足場を作っていった

もう一つはピラミッドの外周に沿うようにして、らせん状の足場を作ったのではないかとする説。

これは結果としてピラミッドを覆い隠してしまうことになり、測量が上手くいかないのではないかといわれています。

測量がきちんとできないとあっては、黄金比に近い建造物なんて建てられるはずがないということですね。

また直線の通路を作るのと同じぐらい労力もいるのではないでしょうか。

内部にトンネルが掘られていた

もう一つはフランスの建築家がいい出した説で、ピラミッドの中にトンネルが掘られていて、エレベーターのような原理で中から石灰岩を運んでいたのではないかというもの。

フランスで行われた重力分析によって、建設のために使われた空洞がピラミッドの内部にある可能性も高いとされ、支持されている説です。

いずれにしても、紀元前2560年にそれほどの石灰岩を運ぶ技術が確立されていたことには驚かされますね。

 

墓を作っていた人たちの暮らし

ピラミッドといわれると、なんとなく奴隷が無理矢理働かされて作られた…みたいなイメージがあります。

でもこれも実は間違いで、ピラミッドを作っていたのはナイル川の氾濫で職を失ってしまった農民たちだったのです。

従事した人数は約4000人

労働環境もかなり恵まれたものだったんですよ。

従業員たちは石切り場の近くに築いた街で家族と共に暮らすことを許され、報酬はもちろんのこと、パンビールまで与えられていました。

職を失ってしまった身としては、願ってもない好待遇だったわけです。

 

三代に渡る王の墓

クフ王・カフラー王・メンカウラー王

ギザの大ピラミッドのかたわらには、大きなピラミッドがもう二つあります。

これら三つをあわせて三大ピラミッドと呼ばれているんです。

一つはクフ王の弟で、クフ王の後を継いだカフラー王のもの。

もう一つはクフ王の息子で、カフラー王の次の王になったメンカウラー王のものだといわれています。

この二つがクフ王のものよりも小さく作られているのは、クフ王への敬意の表れでしょうか?

いずれにしても血の繋がった三人の墓が並んでいることには、当時の人たちの「同じ場所で眠らせてあげたい」という想いを感じさせられますね。

三つのピラミッドがオリオン座を表しているという説も

ピラミッドが三つ並んでいることに対して、それをオリオン座に見立てられているとする説もあるんです。

オリオン座の西側には冬の天の川があって、三大ピラミッドの西側にはナイル川が流れています。

そしてオリオン座はエジプト神話の中で、冥界の神オシリスに見立てられています。

王が亡くなると、その魂がオシリスの元へ帰るとされているのです。

これはオシリスと古代エジプトの関係から信憑性のある内容にも思えますが、学会ではまだまだ否定されている説でもあります。

本当だったらそれも夢のある話だと思うのですが…。

 

きょうのまとめ

クフ王の墓だといわれるギザの大ピラミッドは、様々な説を辿ってみても、謎多くロマンに溢れた建造物でした。

建設から4000年以上経った今でも、形としてしっかりと残っていることにしても奇跡だといえますよね。

神秘的なイメージから、クフ王自体も古代エジプトにとって絶対的な存在だったのだろうな…と妄想をかき立てられます。

今回の内容を簡単にまとめてみると…

① 当時では考えられない建築技術で建てられている

② 建築に携わった人たちは豊かな生活を送っていた

③ 三代に渡って王のためにピラミッドが建設された

古代エジプトは高度な文明を持っていたこと、国自体が豊かだったこと、王が国民から慕われていたこと…いろんな想像に胸躍らされます。

広大な規模を誇るクフ王の墓は、国が栄えていたことの象徴といったところでしょうか。

 

クフ王の年表を含む【完全版まとめ】記事はこちらをどうぞ。
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