子孫から辿るファーブルの苦悩と受け継がれた血筋

 

生きた昆虫の行動を観察し、そこからさまざまな生態を発見した19世紀の学者、

ファーブル

50代半ばから執筆を始めた『昆虫記』は、その後30年間で全10巻という、

大作にして彼の代表作となりました。

91年という長い人生を送ったファーブルですが、彼には子供がいたのでしょうか。

今回はファーブルの子孫について迫ってみたいと思います。

 

ファーブルの子供

いきなりですが結論を先に言ってしまうと、

ファーブルには子供がいて現代にもその子孫がいます

しかし、彼の結婚後の家庭環境は幸せばかりではなく、

得ることと失うことの連続でした。

ファーブルの結婚事情

虫が好き、自然が好き、あらゆるものに興味を持って研究や実験に情熱を注ぎ、

仕事が生きがいだったのかなと思うほどよく働いていたファーブル。

そんな彼ですが、人生で2度の結婚を経験しています。

最初の結婚は、彼が学校で数学や物理の教師をしていた21歳の時。

相手は同じ学校で教師をしていた、2歳年上のマリー・セザリーヌ・ヴィアーヌです。

そして2度目の結婚は、64歳の時。相手はファーブルの家で家政婦をしていた、

ジョゼフィーヌ・ドーテルという女性です。

ちなみに最初の妻マリーには、ファーブルが61歳のときに先立たれています。

そしてなんと、再婚相手のジョゼフィーヌはファーブルの40歳年下です。

18世紀までの貴族社会が残る時代では、このくらいの年の差もちらほらありましたが、

19世紀に入ると珍しいことであり、なかには厳しい目を向けてくる人もいました。

そんな年の差や身分の差を乗り越えて結ばれたジョゼフィーヌにも、

ファーブルが89歳のときに先立たれてしまっています。

子宝や孫にも恵まれたが・・・

ファーブルは最初の妻、マリーとの間に7人

そして後妻のジョゼフィーヌとの間にも3人の子供を授かっています。

しかし、最初の女の子と男の子を幼児期に病気で亡くし、

その後も全部で10人いた子供のうち6人を若くして亡くしています。

なかでも特にファーブルの心の傷となったのは、

最愛の息子、次男のジュールを失ったことでした。

ジュールは生まれつき病弱な体質でしたが、父と同じく昆虫や植物が大好きで、

観察力の鋭さなどから、ファーブルの研究の助手を務めていました。

彼が亡くなったのはわずか16歳。ファーブルが53歳のときでした。

あまりにも早い息子との別れに、

生まれつき丈夫だったファーブルもショックのあまり体調を崩し、

重い肺炎にかかってしまいました。

その後体調が回復しても心に深い傷を負ったままのファーブルは、

その悲しみを少しでも和らげるために、より一層仕事に取り組むようになりました。

後に書かれる『昆虫記』の2巻には、ジュールに捧げるために書いた、

ということが冒頭に記されています。

このようにファーブルは91年の人生のなかで2人の妻を亡くし

6人の子供たちにも先立たれるという辛い経験をしています。

彼の晩年の文章に見られる生や死についての思想は、

得ることの喜びと失うことの悲しみが色濃く反映されているのです。

 

ひ孫は世界で活躍する奇才

ファーブルの生涯を通しての活動は、

・昆虫や植物など博物学の研究

・物理学や数学

・詩作や作曲

などのあらゆる分野に精通していました。

そんな彼の万能な遺伝子を受け継ぎ、現代で活躍している子孫がいます。

それが芸術界の巨匠、ヤン・ファーブルです。

彼は1958年にベルギーのアントワープで生まれた、ファーブルのひ孫です。

アントワープ王立美術アカデミーで学んだ後に、独自の世界観を表現し続け、

現在も世界中で活躍しています。

活動分野は主に、

・美術家

・演劇作家

・ダンスの振付師

・詩作

等々、その表現の幅は広く多才です。

なかでも彼の美術作品には昆虫や動物など、

生き物をモチーフにしたものが多くあるのですが、

それはやはり曽祖父から大きな影響を受けています。

幼い頃から曽祖父ファーブルの自筆の書物に触れて育ち、

昆虫や生物をモチーフにすることへの興味はその頃からあったのだそう。

ヤン・ファーブルの表現するものは、どの分野においてもその根底に、

「死と変容」といった生物の本質を捉えたテーマが根付いています。

観る人によってはグロテスクにも映る斬新な作品たちは、

彼の豊かな感受性と鋭い感性の結晶です。

広い視野と独自のアプローチで時代に新たな風を吹かせるその姿は、

行動研究の第一人者、曽祖父ファーブルと重なります。

 

きょうのまとめ

今回は、ファーブルの子孫をテーマにご紹介しました。

いかがでしたでしょうか。

簡単にまとめると

① 2度の結婚で10人の子供を授かった

② 6人の子供を亡くし、なかでも次男ジュールの死が深い傷となった

③ ひ孫は現代芸術家、ヤン・ファーブル

人生の後半に入って書かれた『昆虫記』は、

多くの命を見送り、それと同時に多くの命を見つめ続けたファーブルの、

哲学が詰まった作品とも言えるのかもしれません。

 










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