エリザベス1世とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】

 

後に7つの海を支配すると言われた大英帝国。

そのいしづえを築き上げた偉大なる女王がおりました。

イングランドのエリザベス1世

今もなお祖国の人々に親しみを持たれ、優秀な女性リーダーとして世界中から尊敬を集め続ける

彼女の業績と生きざまとはどんなものだったのでしょう。

 

エリザベス1世はどんな人

プロフィール
エリザベス1世

出典:Wikipedia

  • 出身地:イギリス・ロンドン
  • 生年月日:1533年9月7日
  • 死亡年月日:1603年3月24日(享年69才)
  • 今もイギリスで国民的人気のイングランド女王。世界の大英帝国のいしづえを築く。

 

エリザベス1世の年表

年表

1533年(0才)エリザベス1世生まれる

1536年(2才)母アン・ブーリン刑死

1553年(19才)メアリー1世即位

1554年(20才)ロンドン塔に収監される

1559年(25才)エリザベス1世、イングランド女王に即位。国王至上法制定。

1568年(35才)メアリースチュアートがイングランドへ亡命

1587年(53才)メアリースチュアート刑死

1588年(54才)アルマダの海戦でスペインに勝利

1600年(67才)イギリス東インド会社設立

1601年(68才)エリザベス救貧法発令

1603年(70才)エリザベス1世亡くなる

 

エリザベス1世の生い立ち

エリザベス1世はイングランド国王ヘンリー8世とその2番目の妻アン・ブーリンの娘です。

しかし、アン・ブーリンは突然罪を訴えられ、刑死させられてしまいます。

当時から今にいたるまで、「ヘンリー8世による陰謀」「いわれのない罪だ」と言われ続けております。

さらに、エリザベス1世は異母姉メアリー1世の治世の時、反乱に関係していることを疑われ、ロンドン塔(要塞。牢屋)にとじこめられたことがありました。

身内の不幸、あるいは自身があわや死、というとても厳しい体験を若いころにたくさん経験していたということが彼女の特徴です。

 

エリザベス1世の政策

25才の時、メアリー1世が亡くなり、エリザベス1世は女王として即位。

●国王至上法を制定することによってイギリス国教会のローマカトリック教会からの分離独立を確定

●カトリックとプロテスタントが激しくしのぎをけずりあっていた中、あえて中道策を推し進めて国内を安定化

●東インド会社を設立してアジア貿易の強化

などの施策を打ち出しました。

 

エリザベス1世の外交

一方で、エリザベス1世は国家の節約に努め、「戦争はお金のかかるもの」としてできるだけ避けるようにしました。

ただ、当時世界帝国を築き上げ、イングランドにとって大いなる脅威(きょうい)だったスペインに対しては、

●スペインと敵対するオランダに支援をおこなう

●イングランド海軍提督ドレークにスペインへの海賊行為をさせる

などして、したたかに抵抗

さらには1588年のアルマダの海戦において勝利。

国家のピンチを守り、後の海洋覇権国家大英帝国の足掛かりを築きあげました。

 

メアリースチュアートとの関係

イングランドの北どなりにあるスコットランドにはメアリースチュアートという女王がおりました。

しかし、メアリースチュアートは結婚問題でこじれてスコットランド国内で反乱を起こされます。

イングランドに亡命したメアリースチュアートをエリザベス1世はかくまいつつ軟禁。

メアリースチュアートはそんなエリザベス1世の追い落としを計ります。

ところが、それが発覚。

メアリースチュアートはエリザベス1世の命令であえなく処刑されることとなりました。

関連記事 >>>> 「“ライバル女王”エリザベス1世とメアリースチュアート」

 

エリザベス1世の後継者

エリザベス1世は自分で「私は国家と結婚している」と言っている通り、一生独身で過ごしております。

そのため、彼女には子どもがいません。

しかも、彼女のテューダ―家は長年のスキャンダルなどで後継者がドンドンいなくなります。

エリザベス1世が亡くなった時には遠い親戚(しんせき)をたよるしかなくなり、その後継ぎは何と……。

あのスコットランドのメアリースチュアートの息子。

ジェームズ6世

イングランドとスコットランドの同君連合が誕生します。

関連記事 >>>> 「エリザベス1世の後継者問題~栄光ある王室の家督相続~」

 

エリザベス1世の恋人

エリザベス1世は一生独身ではありますが、何人かの恋人はおりました。

その中でもっとも彼女の心に残った男と言われるのがロバート・ダドリー

二人はちょうど同生年月日生まれ。

ロンドン塔にも同じころとじこめられていたおさななじみです。

ロバート・ダドリーはエリザベス1世にかわいがられえていたことを鼻にかけ、人々には嫌われておりました。

しかし、エリザベス1世はそんなロバート・ダドリーを愛し続け、彼が亡くなった後もその最後の手紙を大事に宝箱に保管し続けました。

美しく、クールで、かしこく、でも多情な、それがエリザベス1世の人間性であり魅力でもあります。

関連記事 >>>> 「“ヴァージン・クイーンの恋”エリザベス1世と最愛の恋人ロバート・ダドリー」

 

きょうのまとめ

① エリザベス1世は若いころ多難だった

② エリザベス1世は硬軟うまく使い分け、祖国を強大国に押し上げる基礎を造った

③ エリザベス1世はロバート・ダドリーという一生の恋人がいた

 

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