アレクサンドロスを大王へと導いた家庭教師たち

 

数々の武勇伝や名言などを残したアレクサンドロスですが、

彼が大王と呼ばれるようになったのは、武術が優れていたからだけではありません。

王や武将など、歴史上有名な人物のほとんどが、

確かな戦略や教養を身につけていたことは間違いないでしょう。

彼もまた幼少期より何人もの家庭教師のもと、様々な勉学に励みました。

そこで今回はアレクサンドロス大王に仕えた家庭教師についてご紹介します。

 

教養と人格を形成した3人の教師達

アリストテレスの講義を受けるアレクサンドロス
出典:Wikipedia

アレクサンドロスには何人もの家庭教師が仕え、彼とその盟友の教育に励みました。

その教育とは一体どんなもので、どんな人物が教育にあたったのでしょうか。

代表的な3人の家庭教師をご紹介します。

家庭教師の長レオニダス

レオニダスは、アレクサンドロスの母オリュンピアスの縁戚にあたる人物で、スパルタ出身の厳格な教師でした。

そのため、オリュンピアスの影響が強い教育を行いました。

当時、神々を信仰するいくつかの密議宗教が広まっていました。

アレクサンドロスの母オリュンピアスもこれに入信していました。

その影響からか、アレクサンドロスは幼少期から、神話や英雄思想を植え付ける教育を施されました。

後に大王となったアレクサンドロスの逸話からも神話的な振る舞いの数々が残されていますが、

それはレオニダスや母オリュンピアスの影響が強かったのではないでしょうか。

信仰に篤いリュシマコス

リュシマコスもまた、信仰に篤い人物でした。

リュシマコスは、アレクサンドロスをギリシア神話の英雄アキレウスに例え、自らをアキレウスの家庭教師フォイニクス、また父フィリッポスをペレウス王に例え教育したといいます。

幼少期より13歳まで、このような神話(空想の世界)で育ったアレクサンドロスですが、リュシマコスは東方遠征にも付き添うなど、アレクサンドロスの心の支えとしての役割も担っていたのではないでしょうか。

哲学者アリストテレス

プラトンの弟子でもあり、万学の祖とも呼ばれるアリストテレスは、マケドニア王アミュンタス3世の侍医ニコマコスの息子でした。

紀元前367年プラトン主催の学園アカメデイアに入門しました。

在学中は非常に優秀な学徒で、時には教師として後進を指導することもあったそうです。

紀元前347年プラトンが亡くなります。

当時のアテナイでは反マケドニア派が勢いづいていたこともあり、アリストテレスはアテナイを去ります。

紀元前342年マケドニア王フィリッポス2世の招聘しょうへいにより、アレクサンドロスの家庭教師となりました。

当時13歳のアレクサンドロスと貴族の子弟の教育は、首都ペレの宮殿ではなく、ミエザにて行われました。

ミエザでの教育は父フィリッポスによって、神話の中で生きる母オリュンピアスの影響を避けることが目的だったとも伝えられています。

というのも、前述したとおりアレクサンドロスの母オリュンピアスは密教宗教に深い関心を持っていたからです。

この密教宗教、ディオニューソス信仰というこの宗教は、ディオニューソスの巫女として女性信者が多く、酒に酔い、裸となり、狂宴を行っていました。

後に正式なギリシャ神話となるこの宗教ですが、その狂宴の様子から当時は反感も多かったようです。

そんな狂宴宗教に強く影響を受けた母のもとで、首都ペレにてアレクサンドロスは13歳まで過ごします。

ミエザにてアレクサンドロスは、哲学、論理学、政治学だけではなく、自然科学や医学についても学びました。

特に後者はアレクサンドロスの興味をひき、友人の治療や処置をおこなったと伝えられています。

 

アレクサンドロスと家庭教師達の逸話

王になるべくして教育を受けたアレクサンドロスですが、彼とその家庭教師達との間には様々な逸話が残されています。

その逸話をいくつかご紹介します。

義を重んじる王アレクサンドロス

ある戦いに家庭教師リュシマコスが同行したことがありました。

年老いたリュシマコスは進軍に着いていけず、隊から少しずつ遅れをとります。

リュシマコスを放っておけないアレクサンドロスは、励ましながら一緒に歩きました。

このことでアレクサンドロスは隊とはぐれますが、夜になり敵の焚き火を発見すると自ら襲撃し、焚き火を奪ったと伝えられています。

幼少期より仕えたリュシマコスは、アレクサンドロスにとっては祖父のような存在だったのでしょうか。

アリストテレスの意志を受け継ぐ王

アリストテレスは哲学者に受け継がれる秘伝や口伝をアレクサンドロスに教えていたという説があります。

東方遠征に出兵したアレクサンドロスですが、一方のアリストテレスはアテナイに戻りリュケイオンという学園を設立していました。

そこで、秘伝や口伝の公開は民衆の役に立つと考えたアリストテレスでしたが、遠征中のアレクサンドロスより手紙が届きます。

内容は、秘伝の公開を中止するよう訴えた内容でした。

アレクサンドロスは、秘伝を公開することにより民衆と自分とが同等の人間になることを恐れたのです。

知性を重んじたアレクサンドロスが、王としての特別な存在を望むエピソードです。

 

きょうのまとめ

アレクサンドロスを大王へと導いた家庭教師たちをご紹介しました。

いかがでしたでしょうか。

簡単にまとめると

① 13歳まで母オリュンピアスの影響により神話や英雄思想を植え付けられた

② 青年期には、ミエザにて哲学、論理学、政治学、自然科学、医学について学ぶ

③ 家庭教師の一人アリストテレスに哲学者に伝わる秘伝、口伝を教わる

と言えるのではないでしょうか。

当サイトでは、アレクサンドロスについて様々な記事があります。

よろしければご覧になってみてください。

 

アレクサンドロス大王の年表を含む【完全版まとめ】記事はこちらをどうぞ。
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