軍師・黒田官兵衛は数多くの注目すべき言葉を残しています。
戦乱を生き、天下取りさえも目論んでいた男の5つの名言と
戦国武将としての哲学に触れてみましょう。
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黒田官兵衛名言5選
その職にふさわしくない者はすぐに処分したりするが
未熟なところのある部下を採用したり仕事を任せたりしたのはその上司です。
やみくもに部下の失敗や失態を怒ることはたやすいことですが、よく考えればそれは上司である自分の能力不足を披露しているようなもの。
失敗の責任はその上司にある、というわけです。
人を使う立場にある人間は心して聞いておきたい言葉です。
お前は時々
夏の火鉢や日照りの時の雨傘など無用のものですね。
「部下を使うなら適材適所を考えよ」と官兵衛が息子長政を戒めた時の言葉です。
上司は部下の得意とすることを理解し、それをうまく引き出すように使ってやることで組織に効率よい結果をもたらすことができるのです。
神の罰より主君の罰おそるべし。主君の罰より臣下の罰
そのゆえは神の罰は祈りてもまぬるべし。主君の罰は詫言して謝すべし。
ただ臣下百姓にうとまれては必ず国を失う。
ゆえに祈りても詫言してもその罰はまぬかれがたし。
ゆえに神の罰、主君の罰より臣下万民の罰はもっとも恐れるべし
これも人の上に立つ者としての心得を述べたものです。
「神の罰よりも、主君の罰よりも何よりも気をつけなければならないのは臣下による罰である。
神には祈ることで許される。
主君に対しても心から詫びれば許しを乞うこともできるだろう。
しかし、部下や民衆に一度恨まれれば国を失うことになる。
祈っても詫びても許してもらう機会などないのだから、下の者たちの恨みを買うことのないように配慮するべきだ」
という意味です。
確かに、神に対しては素直に謝ればすぐに許してもらえそうです。
主君に対しては厳しい状況であっても謝罪し、言い開きをするチャンスはあるかもしれません。
しかし、臣下たちや民衆に一度恨みを買うと皆の前で謝り、許してもらえる機会などありません。
自分の領地・領国を足下から支え、守ってくれるのは領民であり、臣下の者たちなのです。
足下をすくわれることのないよう、普段から心を配ることは主としての大切な役目でした。
ここで、おもしろいのは実は官兵衛はクリスチャンであったにもかかわらず、「神には謝ればすぐに許してもらえるだろうが」、と言っていることですね。
一クリスチャンである個人としてよりも、現実的な戦国武将としての黒田官兵衛個人の性格のほうが強かったということでしょう。
金銀を用いるべき事に
大変な倹約家であったということでも知られる黒田官兵衛。
しかし、ただのケチとは違います。
官兵衛が関ヶ原の戦いの隙をついて天下を取ろうと考えた時、それこそが「金銀を用いるべき」時でした。
彼は普段蓄えていた財産をはたいて浪人を広く募集。
家臣が集まってきた浪人たちにきっちりと公正に支払おうとしているとき、官兵衛は「商売人ではないのだから大雑把でよい」と金払いが非常に良かったそうです。
それが評判となり、9000もの浪人が素早く集まりました。
官兵衛はケチなのではなく、お金の使い処を知っていたのでした。
戦いは考えすぎては勝機を逸する。
これを「考えずにすぐ行動しろ」と誤解してはいけません。
官兵衛が有事に即断できたのは、平素より諸大名の力関係やその状況や戦況について情報収集を怠らず、どう行動するかを頭の中でシュミレーションしていたからです。
この名言を裏打ちするもっともよい例が「中国大返し」。
本能寺の変のあと、信長の死の知らせに驚きうろたえる秀吉に、官兵衛は「天下を取るなら今です」と冷静に進言しました。
奇跡的な早さで備中高松から京へとって返し、仇である明智光秀を討った秀吉軍のあの行動は、的確な判断と行動力がなければ実践できなかった見事な作戦でした。
きょうのまとめ
官兵衛の名言は、生きて行くための理想を言い表したのではなく、
全て彼自身の実践から導きだされたもの。
文武両道の知将らしく、頭脳と行動の両輪の必要性を後世に示した黒田官兵衛でした。
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目利き違いなのだから、主の罪は臣下よりもなお重い