僧侶たちが大反対!新島襄がつくった同志社はいばらの道を歩んできた

 

関西私大の雄と呼ばれる同志社大学

その前身となった同志社英学校をつくったのは、

新島襄であることは有名です。

ですがその設立には、多くの困難がありました。

そこで今回は、新島襄が同志社英学校をつくった理由から、

同志社大学が歩んできたいばらの道について簡単にご紹介します。

 

キリスト教主義教育の重要性に気づく

まずは、なぜ新島襄が学校を作ろうと思ったのか、

というところからご紹介していきましょう。

命を懸けて日本脱出

新島襄は元治元年(1864)国禁を犯して日本脱出を試みました。

当時の日本は開国前でしたから、もし見つかれば死刑に処せられます。

そんなリスクをとってまで、新島襄は近代国家の姿を見たかったのです。

ついに新島は日本脱出に成功し、アメリカのボストンへと渡りました。

アメリカの教育を受けた新島襄

その後、新島はフィリップス・アカデミーという名門私立学校に入学。

在学中には洗礼を受けたといいます。

次に進んだアーモスト・カレッジでは、理科学を学んだそうです。

さらにこのとき、キリスト教の宣教師として日本へ帰ることを考えるようになった新島襄は、

最終的にアンドーヴァー神学校でニューイングランド神学を学んでいます。

新島襄がアメリカで教育を受ける中で気づいたのは、

キリスト教教育を受けた人々が、アメリカの政治・経済・文化など、

様々な分野においてリーダーシップを発揮していること。

キリスト教の教育を通じた人間の形成は、近代国家で大きな役割を果たすと考えたのでした。

そこで新島は、日本にもキリスト教主義の学校を設立し、

将来日本のリーダーとなる人材の育成を目指したのです。

 

キリスト教主義の学校の難しさ

明治七年(1874)に帰国した新島襄は、学校設立の地として関西を選びました。

翌年には学校設立のための運動を開始し、木戸孝允にも協力を要請しています。

山本覚馬との出会い

木戸の紹介で、新島襄は京都府顧問の山本覚馬かくまという人物と出会います。

当時の京都では府立学校の財政が悪化し、私立の英学校の設立は歓迎されました。

また当時はキリスト教の学校をつくることに難色を示す人もいた中、

山本覚馬はこれに対しても寛容でした。

さらに山本は、自身の所有していた相国寺しょうこくじ門前の土地を新島に提供しています。

相国寺は足利義満によって創建されたお寺で、京都五山第2位です。

僧侶たちからの反対運動

その後、文部省からも学校設立の許可を得ますが、

とある人たちによる激しい反対運動を受けることになります。

学校設立の予定地は相国寺という、臨済宗相国寺派の大本山の前。

場所が場所というだけあり、僧侶たちが大反対したのです。

確かにそんな場所にキリスト教の学校ができるなんて、

当時のお坊さんたちにとっては衝撃だったでしょう。

結局、寺町通丸太町にあった新島の借家を仮校舎として、同志社英学校は開校されました。

明治八年(1875)のことです。

その後、新島は大学設立のために奔走します。

新島襄の死といばらの道

しかし明治二十三年(1890)、新島襄は46歳の若さでこの世を去りました。

その後、同志社は明治四十五年(1912)には専門学校令による大学として、

大正九年(1920)には大学令による大学として認可を受けました。

ですが新島襄が理想としたキリスト教主義人格教育を、何ら制限なく行えるようになったのは、

1945年の敗戦以降になってからのことだったといいます。

 

きょうのまとめ

今回は新島襄が同志社英学校をつくった過程などについて、簡単にご紹介しました。

① 新島襄はキリスト教主義の教育が、近代国家に建設に重要な役割を果たすと考えた

② 山本覚馬と出会い、新島は京都に学校をつくることにした

③ キリスト教主義の学校建設は、僧侶たちから大反対を受けた

④ 同志社大学が新島襄の理念に基づく教育を自由に行えるようになったのは、戦後からだった

こちらのサイトでは他にも、新島襄に関する記事をわかりやすく書いています。

理解をより深めたい方は、ぜひお読みになってくださいね!

新島襄の年表を含む【完全版まとめ】記事はこちらをどうぞ。
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