松平慶永(春嶽)は、「幕末の四賢侯」の一人にも数えられる人物。
名君と称えられた彼ですが、どのようなポリシーを持っていたのでしょうか。
今回は松平慶永が残した名言、藩政改革について、簡単に紹介します。
松平慶永の名言
松平慶永(春嶽)の名言の中でも、最も有名と思われるのがこちらです。
我に才略無く我に奇無し。常に衆言を聴きて宜しき所に従ふ。
引用:YOMIURI ONLINE「松平春嶽「我に才略無く我に奇無し」」
私には才知・謀略はなく、優れているところもない。
常に多くの人の言葉に耳を傾けて良い意見に従う、といった意味です。
四賢候に数えられた人物とは思えないほど、謙虚な言葉だと思いませんか?
多くの優秀な人材を登用した藩政改革
この謙虚な姿勢は、慶永の行った藩政にも大きな、そして良い影響を及ぼしたと考えられます。
松平慶永は越前福井藩主として、藩政改革に着手。
その際、身分は関係なく、優秀な人材を登用しました。
例えば、
・橋本左内:蘭学・医学を学び、福井藩医に。江戸で西郷隆盛らと交流するが、安政の大獄で刑死
・横井小楠:熊本藩士の儒学者。「維新の十傑」の一人にも数えられる
・由利公正:横井小楠に学び、財政に従事。明治政府の基本方針「五箇条の御誓文」を起草した
といった、そうそうたる人物がいます。
この結果、
・軍備強化(洋式の武装化)
・教育の刷新(藩校明道館の開校)
・種痘(天然痘の予防接種)の導入
などの功績を残しました。
自分を過信することなく、人の言葉にしっかりと耳を傾けられた慶永。
その姿勢こそが、成功の秘訣だったのではないでしょうか。
きょうのまとめ
今回は松平慶永(春嶽)の名言を紹介しました。
松平慶永(春嶽)は、
① 幕末の四賢侯の一人にも数えられた名君だが、謙虚な名言を残した
② 身分関係なく優秀な人材を登用し、藩政改革を成功させた
こちらのサイトでは他にも、松平慶永(春嶽)にまつわる記事をわかりやすく書いています。
より理解を深めたい方は、ぜひお読みになってください。
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