親子そっくりな姿を見て「やっぱり血は争えないな」などといったりしますが、
明治の文豪・幸田露伴ほどこの言葉がしっくりくる人はいません。
作家の子が作家になるのは決して珍しい話ではありませんが、露伴の家系はまた特別です。
何せ娘の文が作家になったのはもちろん、孫の玉は随筆家に、挙句ひ孫の青木奈緒さんは今もエッセイストとして活躍しています。
「そういう家系だった」と片付けることは簡単ですが、そもそも露伴の親は作家ではありませんし、その血筋は彼から始まったものです。
才能が遺伝したというよりは、露伴の影響力がそれだけ強かったということでしょう。
娘である幸田文と露伴の関係性を見ていると、作家の道が受け継がれていったことにも、なんとなく納得することができます。
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父・露伴の背中を見て育った文
露伴は29歳のころ、最初の妻である機美と結婚し、三人の子を設けます。
文はこの中の二番目の子で、次女にあたりました。
しかし文がまだ8歳のころ、母の機美は亡くなり、次いで2年後には、姉の歌も亡くなってしまいます。
また弟の成豊に関しても、結核により20代の若さで亡くなりました。
彼女は幼くして母や姉を亡くしたことで、男親である露伴から家事の大半を伝授されることに。
これによって、その親子関係も一層深まっていったことがわかります。
文が露伴に習った家事は何気ない生活も豊かにするものだった
露伴は機美が亡くなってから数年後に、二度目の妻である八代と結婚しています。
しかし彼女は家事があまり得意ではなかったため、文に家事の教育をするのは露伴の役目となりました。
ときに家事といわれれば、大半の人は生活していくために必要だから行うもので、「家事が大好き!」という人など珍しいでしょう。
しかし露伴が文にした教えは、わずらわしくさえ思ってしまう雑務でさえ、生活何気ないを豊かにするようなものでした。
たとえば雑巾がけに際して、何度も水を汲みに行くのは面倒ですし、バケツの水は多いほうがいいように感じます。
しかし露伴はそれを「みんな綺麗にしているつもりで、汚していることに気付いていない」といいました。
同じバケツの中の水を取り替えずに使っていれば、それは汚水で掃除しているのと同じ。
綺麗にするために、適した水の量があるということまで、露伴は教えているのです。
ひとつ教わるたびに、このような目から鱗の学びがあれば、家事も単に退屈なものではなくなりそうですね。
こうした彼の教えは、文の著作・『しつけ帖』に細部まで残されています。本にしてしまうぐらいですから、文にとって露伴から家事を教わった日々はいかにも学びの連続だったのでしょう。
偉大な父との対比に悔しさがつのったことも…
文は24歳のころ、清酒問屋を営む三橋幾之助と結婚します。
要するに酒屋の女将さんになったわけで、後の作家という職業とは似ても似つかない道を歩んでいるのです。
二人は夫婦仲も良く、文は幾之助を必死に支えましたが、それでも商売というものは、上手くいかないこともあります。
清酒問屋は結婚8年目にして経営が立ちいかなくなり廃業。
その後はアパートの一室を借り、小売り酒屋を営むことに。
由緒ある清酒問屋に嫁いだはずの文は、一変して店と呼ぶのも怪しいような酒屋の女将さんへと成り変わってしまいます。
そして1937年、露伴が第一回文化勲章を授与される快挙を成し遂げたことを、街角の電光ニュースで知った文は、父の偉大さを実感すると同時に、不甲斐ない自分を情けなく思ったとのこと。
その悔しさは後になっても、残された勲章を目にするたびに蘇ってきたといいます。
幾之助とはその翌年、1938年に離婚。
夫婦仲が悪くなったわけではありませんが、彼が結核を患ったため、娘の玉に移ることを恐れ、これもやむを得ない決断でした。
その後、露伴の元で暮らすようになった文は、その背中を追うかのように作家の道を歩んでいくのです。
こう考えると、父への憧れと不甲斐ない自分への悔しさが、彼女を成功へと導くバネになったともいえますね。
きょうのまとめ
幸田露伴とその娘・文の関係には、絆や憧れはもちろんのこと、文にとって作家を志す岐路となるような出来事にもまた、露伴が関わっていました。
露伴が文にそうしたように、何気ない日常を豊かにするような接し方を、文もまた娘や孫に向けていったのではないでしょうか。
その温かな習慣が受け継がれていき、何代にも渡る作家の家系が作られていったように映ります。
最後に今回の内容を簡単にまとめておきましょう。
① 母や姉、弟を亡くしたことで、文と露伴の関係は一層深まっていった
② 露伴の家事の教えは、後に作品になるほど文にとって有意義なものだった
③ 文は偉大な父と不甲斐ない自分との対比をバネに、成功していった
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