小説『真珠夫人』で文学界の地位を確立し、その後『文藝春秋』の創刊や日本文藝協会の設立などを通し、現代に続く文学界の基礎を作った
菊池寛。
作家としての才能はもちろんですが、実業家としても活躍したその行動力には魅了されるものがあります。
いったい彼はどんな考えのもと、その人生における数々の偉業を成し遂げていったのでしょう…とても興味をそそられますよね。
今回はそんな菊池寛の名言を辿ることで、彼が何を考え、どう行動に移していったのかを垣間見ていきましょう。
その生き様に、今を生きるヒントもたくさん隠されているはずです。
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報われないことを環境のせいにしない
人生のどんな隅にも
人生のどんな隅にも、どんなつまらなそうな境遇にも、やっぱり望みはあるのだ。
(出典:出世)
「お金がないから」
「才能がないから」
「親が許さないから」
などといって、本当にやりたいことを諦めてしまう人は多いですよね。
それに対してこの名言はもともと持っているものや環境は、好きな生き方をできない理由にはならないことを物語っています。
かくいう菊池寛も恵まれない境遇のなかで育った人です。
7人も兄弟がいるのに父親の給料は安く、小学校時代は教科書さえ買ってもらえないこともありましたが、成績は首席になるぐらい優秀でした。
大学だって本当は行くお金がありませんでしたが、有志から見込まれて支援を取り付けることで行きたい学校に通っています。
最終的に大切なのは「自分がやりたいことは何なのか」だけで、いくら環境が恵まれていなくても何かしらそこへ辿り着く方法はあるもの。
寛は自身の生き方を通してそれを教えてくれていますね。
人の世話は自分の意志のもとに
人への親切、世話は、慰みとしてしたい
人への親切、世話は、慰みとしてしたい。義務としては、したくない。
(出典:私の日常道徳)
この名言は人に強制されることを嫌う寛の性格を表しています。
彼は中学校を卒業するとその成績優秀さから、学費免除で東京高等師範学校へ入学しました。
貧乏育ちの寛にとって、これは普通なら「こんなにありがたいことはない」と一層勉学に励むような話ですが、なんと彼はすぐに除籍処分を受けてしまいます。
寛は学費の免除はいくらありがたくても、教師になりたいとはこれっぽっちも思っていなかったため、授業をサボりにサボったのです。
寛が教師になりたいと思わなかったのは、まさに人の世話をするのが教師の義務だからでしょう。
教師になれば世話好きでもそうでなくても、後進の指導にあたること自体が仕事です。
寛はその他大勢ではなく、もっと自分の意志で「この人なら」と思った人に対する世話をしたかったのでしょう。
その性分は『文藝春秋』を創刊して活動の場を作るなど、若手作家の世話を焼く動きに表れています。
もちろん教師だって分け隔てない教育で日本の未来を明るくしていく…のような素晴らしい考えで取り組んでいる人もいますから、これは個人の価値観の問題ですが。
とはいえ「頼まれたら断れない」という感じで世話焼きをするぐらいなら、「この人だから」と思って世話を焼くほうが豊かには生きていけそうですね。
技術より人となりが大切
最善の技術には、努力次第で誰でも達し得る
寛のいう最善の技術というのは、要するにそれで生計を立てていけるだけの技術のことでしょう。
努力次第で”誰でも”達し得るというのも、いかにも彼らしい言い草で、
それを証明するかのように寛は、作家はもちろん、実業家や政治家など、あらゆる分野に飛び込んだ人でした。
これは経験がなくても努力次第でどんなことでもものにできるという自信ゆえの行動といえます。
問題はその後に続く「それ以上の勝敗」の部分。
この部分が物語るのは、十分な技術をもっていれば食べるには困らないけど、その上で人となりがちゃんとしていなければ、その分野で一目置かれる人にはなり得ないということ。
たとえばどれだけ優れた技術をもっていても、嫌々仕事をこなしていたり、やる気が見えない人だったりすると「次から頼むのはやめようかな…」と思ってしまいますよね。
生計を立てられるだけでなく、その職業で上り詰めたいなら「次も頼みたい人」であることが必要です。
技術は頑張れば誰でも身に付けられる…なら、技術よりも人となりを磨くことのほうが大事。
これは努力の大切さをいっているようでいて、人となりを磨くことの大切さを表した名言なのです。
恋愛に関してはちょっと偏屈?
これは寛の名言では珍しく、恋愛に関するものです。
「どんな困難も愛があれば乗り越えられる」
と思っている人を真っ向から否定するような印象ですね。
現に寛は自分の貧乏な境遇をなんとかするために、妻の包子とお金持ちの娘という理由で結婚していますし、いかにもその価値観に正直に生きています。
それで夫婦は円満にいっていたといいますから、生涯その考えも揺らぐことはなかったのですね。
ただこの名言については一概にいえないのではないか…というのが、正直な感想。
そりゃあ結婚となればちゃんと生活が成り立つ相手を選ぶのはわかります。
しかし一時の戯れや道草の恋愛を通して、人生観が変わることだってあるでしょう。
まあこれに関しても「偏屈な人だなあ…」と、寛の性格を物語る要素としてはおもしろいですよね。
きょうのまとめ
菊池寛の名言を辿ってみると、なかには「ちょっと言い過ぎじゃない?」と思うような偏った内容のものも多くあります。
いくら現代文学界の基礎を作った人とはいえ人間ですから、その考えがすべての人に通じることなどありません。
偉人のすべてを真似るのではなく、共感する部分だけ真似る…それがいい学び方かもしれませんね。
最後に今回のまとめをしておきましょう。
① 大切なのは自分がやりたいかどうかだけ。どんな環境でも道はある
② せっかく世話焼きをするなら「この人だから」と思える人に
③ 技術は誰だって身に付けられる。大切なのは人となりを磨くこと
偏ってはいますが、やっぱり一本筋が通っている…。
世話好きで兄貴肌な寛の性格が名言にもよく表れていました。
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