いくら浮世絵に興味がない人でも葛飾北斎の『富嶽三十六景』はどこかで目にしているはず。
名前でピンと来なくても、大波と富士山を描いた『神奈川沖浪裏』や、赤富士が鮮やかな『凱風快晴』を見れば「ああ、これか!」と合点がいくでしょう。
これらの富士山をさまざまな場所・角度から描いたシリーズの総称が富嶽三十六景なのです。
北斎の絵師としての経歴は19歳から88歳の没年までと非常に長いものですが、なかでも72歳のころに残したこの作品は浮世絵界に革命を起こしました。
今回はそんな富嶽三十六景がどのように作られたのか、そしてどのように世間に認知されていったのか、詳しく見ていきましょう。
制作の背景を知れば、作品のすごさもより実感できるはずです。
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富嶽三十六景とは?
富嶽三十六景は世界の芸術家に影響を与えた名作
富嶽三十六景は1823年ごろから制作され始め、1831年ごろから4年の期間をかけて刊行された「名所木版画集」。
製作期間約10年の大作です。
版画は小学校の図工などでやったことがある人も多いですよね。
江戸時代においてはこの版画が現代の印刷技術のようなものだったので、大量に流通させるためにこの手法が取られたのでしょう。
ちなみに描かれているのはすべてが実際の風景ではなく、多くは過去の名所図絵を参考に北斎がイメージで描いたもの。
要は彼の頭のなかに広がっていた世界なのです。
想像力が異次元すぎる…。
この富嶽三十六景は19世紀ヨーロッパの芸術家たちにも広く影響を与え、フランスの作曲家・ドビュッシーが管弦楽曲『海』を発表したときは、『神奈川沖浪裏』がスコアの表紙にも採用されたほど。
ほかにも印象派の画家アンリ・リヴィエールは北斎の影響から『エッフェル塔三十六景』を刊行した逸話もあります。
このように著名な芸術家たちに評価されることで、富嶽三十六景は世界にその名を馳せていきました。
遠近法や新しい顔料を巧みに使い、浮世絵の新時代を築く作品に
富嶽三十六景が海外で広く受け入れられたのは、浮世絵に西洋の手法である遠近法を取り入れたことが大きいでしょう。
それまでの浮世絵というのは美人画や役者絵など、人物を描くものが主流で、絵の抑揚も主には顔料の濃淡だけで表現されていました。
その点、富嶽三十六景はそれまでの浮世絵には見られなかった風景画。
顔料の濃淡だけでなく、遠近法を取り入れることで一気に表現の幅が広がり、浮世絵界で風景画が流行るきっかけを作った作品なのです。
まさに新時代を切り拓いたという感じですね!
とくに桶職人が作る桶の外枠を額に見立てた『尾州不二見原』なんかは、遠近法による立体感がより如実に表れています。
また染色に使われた顔料にしても、それまでは植物などから抽出した天然顔料が主流でしたが、北斎はドイツからやってきた人工顔料「ベロ藍」を愛用していました。
『神奈川沖浪裏』の波の部分の淡い藍色には、このベロ藍が使われているそうです。
ちなみにベロ藍という呼び名は、ベルリンで作られた顔料というのが由来。
新しい手法を次々に取り入れていくところも、北斎のセンスが成せる技です。
人気にあやかろうとした版元の意向で計46作品に
ところで、富嶽三十六景が実は全46作品からなるシリーズということを知っているでしょうか?
…なんで?と思うところですが、36作品が刊行された際、あまりにも好評だったため、版元(出版社)の意向で10作品が追加で制作されることになったのです。
”三十六景”と言っているのに、いかにも商売っ気が出ていてなんだかかっこがつかないですよね…。
しかも36作品は高価な顔料を使っているのに、追加の10作品には安価な墨が使われており、一説にはこれも版元が経費をケチったためだなんていわれています。
当時の人たちは「セコイな~」なんて思わなかったのでしょうか?
いくら顔料が安価でも、北斎が描いていれば価値があるということですかね。
その作風の差からか、三十六景という名前からか、前半の36作品は「表富士」、追加の10作品は「裏富士」などと呼ばれています。
…そういう呼び方をされると、追加の10作品もなんだか通っぽくてカッコイイような。
きょうのまとめ
人物中心だった浮世絵界に風景画の流行を作り、さらに浮世絵の存在を世界に知らしめた富嶽三十六景。
その背景は知れば知るほど、北斎の恐るべき才能を思い知らされますね…。
最後に今回のまとめをしておきましょう。
① 富嶽三十六景にはドビュッシーなど、世界の名立たる芸術家に影響を与えた
② 遠近法や海外の顔料など、当時の浮世絵になかった斬新な手法が多く取り入れられている
③ 計46作品になっているのは36作品があまりにも人気だったため。追加の10作品の顔料が安価になっているのは…?
生涯88歳まで絵画一筋を貫いた葛飾北斎。その偏りに偏った感性をもってしてこそ、富嶽三十六景で見せた斬新な手法にも辿り着いたのでしょう。
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