20世紀のはじめ、世界で初めて飛行機のパイロットになった
ライト兄弟。
自転車屋を営みながら動力飛行機を発明し、
人類が古代から憧れていた空への旅を可能にした、
アメリカ人の発明家兄弟です。
空を飛ぶことを夢見て諦めず、遂に叶えたライト兄弟は、
一体どんな言葉を残しているのでしょうか。
今回は彼らの名言からその人物像を見ていきましょう。
タップでお好きな項目へ:目次
ライト兄弟 名言
それでは早速、ライト兄弟が残した名言をご紹介していきます。
飛びたい欲は古代から
今でこそ、私たちの頭上では毎日何便もの飛行機が国から国へと飛び回っていますが、
人類が飛行機で空を行き来できるようになったのは、ほんの100年ほど前のことなのです。
古から人々は何気なく空を見上げては、鳥たちが自由に飛ぶ姿に憧れていました。
いつか自分も飛ぶことができたら、という夢のような願いは、
1903年にライト兄弟の発明した動力飛行機によってようやく実現することになったのです。
ちなみに15世紀にイタリアで活躍した万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチも、
人類が飛ぶことは可能だと言って、鳥の翼からヒントを得た飛行機械の図を遺しています。
「幸せ」とは
それが幸せというものさ。
若き日のライト兄弟は、2人で自転車屋を営みながら飛行機について研究し、
夜遅くまで議論を交わしたり実験したりと、
毎日があっという間に過ぎていく日々を送っていました。
弟のオービルは晩年、当時の日々を懐かしく思い出し、
一日一日が幸福そのものだったと語っています。
この名言は、夢中になれる何かがあるということは幸せなことだ、
という幸せの本質を思い出させてくれます。
飛行機にかける情熱
ライト兄弟は常に2人で協力し合い、互いの足りないところを補いながら、
飛行機の研究に励んでいました。
彼らの生活の中心はやはり飛行機で、お酒も飲まなければ煙草も吸わない、
そして色恋にうつつを抜かす暇もありませんでした。
飛行機にかける情熱は相当なもので、
結局ライト兄弟はどちらも生涯独身を貫きました。
この名言からは、飛行機、そして人類が空を飛ぶことに対する
彼らの熱量を感じることができます。
ちなみに、彼らの研究を見守っていた妹のキャサリンも生涯独身でした。
ときにはこんな弱音も・・・
先にご紹介した名言からも分かるように、
ライト兄弟はその生涯を懸けて飛行機の開発に取り組み、
ついに実現に成功したわけですが、
ときにはこの様な弱音を吐くこともありました。
彼らの輝かしい成功の裏は、実験と失敗、考察と改良の連続でした。
失敗すれば命を落とすことにもつながる飛行機の開発は、
ロマンあふれる一方で常に危険もはらんでいたのです。
実際にライト兄弟が慎重に研究を重ねるそばで、
他の研究者が実験に失敗し命を落としたというニュースを彼らは見ています。
しかし彼らの情熱は、こうしたニュースを見たことでより一層高められていったのです。
2人はこんな名言も遺しています。
ライト兄弟の空への情熱は、常に彼らを前向きにし、諦めない強い支えとなっていたことが、
この名言からうかがうことができます。
きょうのまとめ
今回は、動力飛行機を発明し、人類初の飛行機パイロットになった
ライト兄弟の名言をご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか。
最後に、名言の内容からライト兄弟の人物像を簡単にまとめると
① 飛びたいという欲望は、空を自由に飛び回る鳥たちをうらやましく眺めていた、我々の先祖たちから受け継がれてきたものである。
② ライト兄弟は、飛行機という夢中になれるものがあったから毎日が幸せだった。幸せとは、夢中になれるものがあるということ。
③ 飛行機や空を飛ぶことに対するライト兄弟の情熱はすさまじく、彼らは生涯独身でその全てを飛行機に捧げていた。
④ 実験と失敗を繰り返し、命を落とす可能性もあった危険と隣り合わせの研究のなかで、ライト兄弟は弱音を吐くこともあった。
⑤ ときに弱音を吐いてもその情熱が冷めることはなく、逆境こそむしろ成長するチャンスと捉え、前向きに研究を続けた。
人類が遥か昔から憧れていた空への旅を実現させたライト兄弟。
今回ご紹介した名言からは、彼らの情熱を直に感じられたのではないでしょうか。
ライト兄弟はご紹介した名言の他にも様々な言葉を遺しています。
興味を持たれた方は、お時間のあるときにでもぜひ調べてみて下さい。
彼らの当時の感情をよりリアルな温度で感じることができるはずです。
ライト兄弟の年表を含む【完全版まとめ】記事はこちらをどうぞ。
関連記事 >>>> 「ライト兄弟とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】」
その他の世界の偉人ははこちらから
関連記事 >>>> 「世界の偉人一覧」