紀元前400年代、古代ギリシャにおいて、哲学の始祖を担った
ソクラテス。
晩年の彼は自らの考えを広めるため、権力者を論破して回ったことが仇となり、反感を買った彼らによって裁判にかけられてしまいます。
ソクラテスが権力者たちに広めたかったのは「無知の知」といわれる、彼の有名な考えです。
「全知全能だと思っている者より、自分は無知だとわかっている者のほうが賢い」という言葉は、聞いたことがある人も多いでしょう。
この言葉に基づいてソクラテスは、権力におごる者たちの無知を気付かせるため、論破して回っていたのです。
しかし、これに憧れて真似をし始める若者が現れたため、「ギリシャの神を信じず、他の神霊の類を信仰している。また、アイツのせいで若者たちが堕落している」という、罪に問われてしまいました。
結果、死刑を宣告されたソクラテスは毒杯を飲み、その生涯に幕を降ろすのですが、死の間際に際しても、彼が死を恐れることは一切なかったのです。
そんなソクラテスの死に対する姿勢は、彼の最期の言葉にも表れています。
今回はその言葉を題材に、彼の死生観に迫ってみましょう。
ソクラテスが最期に語った「アクスレピオス」は治癒を司る神
ソクラテスが毒杯を飲む直前に語った最後の言葉は
クリントン、我々はアクスレピオスに雄鶏を捧げなければならない。忘れずに、捧げてくれ
というものでした。
クリントンというのは、ソクラテスが親しくしていた幼馴染のことで、アクスレピオスは、治癒を司る神の名称です。
治癒の神に捧げものをするのは、なんらかの病気が癒えたことを表します。
つまり「自分が死刑を受け入れたことで、なんらかの治癒が行われた」と、ソクラテスはいいたかったのです。
自分は死んでしまうのに「癒えた」というのは、なんだか不可解ですね。
これに対する後世の哲学者の意見は以下の通りです。
生きることからの解放を表した
これはドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが語った説で、この意見を支持する人も多いです。
生きていることを病気と捉え、死ぬことはそこから解放されること…つまり治癒としたのだろうと、ニーチェは捉えています。
どこか人が輪廻転生を繰り返し、魂を浄化させていくとする仏教の教えに通じる部分がありますね。
考えれば仏教の教えも、元はブッダが自身の生きる意味と向き合ったところからきています。
同じようにソクラテスも、生涯を通して「人間はどう生きるべきか」に向き合ってきたわけですから、似たような死生観に辿り着くこともあるでしょう。
またソクラテスは死刑を言い渡されたとき、裁判員に向かって「死は悪いものだとは限らない」とも語っています。
死んだ後の人間がどうなるかは、死んだ人間にしかわかりません。
天国に行くのか、完全に何も残らないのか…。
「それが生きているより悪いことかどうかは、神様にしかわからない」と、ソクラテスはいったのです。
ただこの言葉だけでは、生きていることを病気と捉えていたかどうかはわかりませんね。
神様にしかわからないなら、死ぬことが生きているより辛いことも、あるかもしれないということですから。
「死刑から逃げたい」という気持ちを病気とした
ソクラテスは死刑を宣告された際、幼馴染のクリントンから脱走を提案されました。
その際の「死刑から逃げたい」という気持ちを病気とし、死刑を受け入れることで、それが治癒されたとする説があります。
脱走を促されたソクラテスは、クリントンにこう返しました。
「私が生涯をかけて説いてきたものを、不幸が訪れたからといって投げ出すわけにはいかない」
ソクラテスは「逃げたい」という気持ちがありながらも、それは自分の信念に反する行為だとし、思い留まったと捉えられます。
そしてクリントンにも「逃げてほしい」という想いがあったわけです。
両者によぎったその想いを病気だと捉えたから、ソクラテスは最期の言葉を自分だけのものとせず、「我々は」といっていたのではないでしょうか。
逃げることを良しとしなかったのは、「死が悪いものとは限らない」という自分の考えを否定してしまうからか、はたまた「悪いことをしていないのだから、逃げも隠れもしない」という考えだったのか…真意は定かではありません。
きょうのまとめ
ソクラテスは自分の書き記した言葉が間違って伝わることを嫌い、著書を一冊も残していません。
よって現存する彼の言葉は、すべて弟子たちが残したもの。
未だに謎とされている部分は多いですし、本人が語っていない以上、真意がわかることもないでしょう。
今回の内容を簡単にまとめると…
① ソクラテスは死刑に際して、治癒の神への感謝を示した
② 治癒の神への感謝は、生きることからの解放を表すとする説がある
③ 治癒の神へ感謝したのは「逃げたい」という気持ちを病気と捉えたからとする説も…
ソクラテスは自身の死刑に対し、それを治癒だと表しました。
死に際して、それだけの心持ちでいられる人がどれほどいるでしょうか。
自分の信念に正直に、後悔のない人生を送った人には、きっと安らかな最期が訪れるのでしょうね。
ソクラテスの年表を含む【完全版まとめ】記事はこちらをどうぞ。
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