アンネ・フランクの美しい名言まとめ

 

アンネ・フランクは、1929年ユダヤ系ドイツ人の父オットーと母エーディトの元に生まれた少女です。

若くしてナチス強制収容所に入れられ、15歳の若さでこの世を去ったアンネですが、

ここでは彼女の心に残る名言をまとめていきます。

 

アンネ・フランクの心に残る名言

アンネ・フランク

出典:Wikipedia

ユダヤ人が迫害される中、いつ殺されてもおかしく状況の中で、アンネが13歳の誕生日から二年間に及び書き続けた「アンネの日記」の名言をまとめていきます。

あなたのまわりにいまだ残されている

あなたのまわりにいまだ残されている。すべての美しいもののことを考え、楽しい気持ちでいましょう。

迫害を受け隠遁生活を余儀なくされたアンネですが、それでもこれだけ明るく前向きに生きられる所から、彼女の心の美しさが垣間見えます。

幸せな人は誰でも

幸せな人は誰でも、他の人をも幸せにするでしょう。

当時、アンネが日記を書いていたのは13~15歳の時。にも関わらず、このような信念を持っていたアンネの人柄の良さがわかりますね。

薬を10錠飲むよりも

薬を10錠飲むよりも、心から笑った方が、ずっと効果があるはず。

強制収容所に入れられ、最終的にチフスに感染し死亡してしてまったアンネですが、それでもこの言葉には力を感じますね。

私の想像の翼は

私の想像の翼は、閉じ込められても閉じ込められても、はばたき続けるの。

アンネは収容所に入れられてからも、そこで親しくなったブリレスレイペル姉妹に「私にはまだまだ学ばなくちゃいけないことがたくさんある」と語っていたそうです。

その精神は、まるでこの言葉が象徴しているようです。

太陽の光と雲ひとつない青空があって

太陽の光と雲ひとつない青空があって、それを眺めていられるかぎり、どうして悲しくなれるというの?

アンネは隠遁生活の時、カーテンを閉め切って水も限られた時間でしか使えないような部屋に二年もいたと言われています。

そんなアンネからすれば、自由に太陽の光と雲ひとつない青空を見られるだけで、幸せだと思えたのでしょう。

ほんとうに他人の人柄がわかるのは

ほんとうに他人の人柄がわかるのは、その人と大喧嘩したときだということです。そのときこそ、そしてそのときはじめて、その人の真の人柄が判断できるんです。

アンネは隠遁生活の中で、ひもじさに耐えられなくなり隠れ家住人と喧嘩することがあったと言います。

しかし、それを通して人の根っこの部分がわかることを、肌で感じていたのかもしれません。

私達は皆、幸せになることを目的に生きています

私達は皆、幸せになることを目的に生きています。私たちの人生は一人ひとり違うけれど、されど皆同じなのです。

ユダヤ人虐殺をはじめたヒトラーは独裁主義で人道主義をバカにしていましたが、アンネはまるでヒトラーとは正反対の思想を持っていたことがわかります。

与えることで貧しくなった人は

与えることで貧しくなった人は、いまだかつて一人もいません。

もし、アンネがその後も生きていたら、一体アンネはどれだけのものを世界に与えたのか、そう思わずにはいられない一文です。

怠慢は魅力的に見えるけど

怠慢は魅力的に見えるけど、満足感を与えてくれるのは働くこと。

彼女の真意はわかりませんが、これは現代日本を生きる私達にも言えることかもしれませんね。

なんと素晴らしいことでしょう!

なんと素晴らしいことでしょう! 世界をよくすることを始めるのに、誰も一瞬ですら待つ必要なんてないんです。

暗い部屋で隠遁生活を送っていたアンネですが、彼女は何を思ってそう記したのか気になりますね。

母親が子供たちにいっさいを話してやらないかぎり

母親が子供たちにいっさいを話してやらないかぎり、子供は少しずついろんな知識を聞きかじり、そしてそれはまちがった知識にちがいないのです。

アンネは母に反抗的だったと言われていますが、こちらの文も何を思って書き記したのでしょうか。

大人の方が今の私たちよりずっとつらい目に遭っているというのは

大人の方が今の私たちよりずっとつらい目に遭っているというのは、本当ですか。いや、私はそうは思いません。

ただ貧しい隠遁生活を強いられるアンネにとって、労働する大人たちの方が自由に生きているように見えたのかもしれません。

親は子供に助言し導くことはできるけど

親は子供に助言し導くことはできるけど、最終的な人格形成は子ども自身の手に委ねられている。

私が私として生きることを

私が私として生きることを、許して欲しい。

ただ人種差別を受け苦境に立たされていたアンネにとって、これは魂の叫びだったのでしょう。

たった一本のロウソクがどんなに暗闇を否定し

たった一本のロウソクがどんなに暗闇を否定し、その意味を定義することができるのかを見てください。

アンネは収容所で、母と別れる間際も曇りの無い目で母を見つめていたと言いますが、彼女は苦しい時も信念を曲げなかったのではないでしょうか。

希望があるところに人生もある

希望があるところに人生もある。希望が新しい勇気をもたらし、再び強い気持ちにしてくれる。

苦しい生活の中でもアンネは希望を持ち続け信念を曲げなかったことがわかります。

私は理想を捨てません

私は理想を捨てません。どんなことがあっても、人は本当にすばらしい心を持っていると今も信じているからです。

この時代に放つ言葉としてはただの戯言と捉えられても仕方ない理想論かもしれませんが、それでもアンネは人間の心の善意を信じたかったのでしょう。

私は、死んだ後でも生き続けたい

私は、死んだ後でも生き続けたい。

アンネのこの想いは果たされ、今も私達の胸の中で彼女は生き続けていますね。

だれもが心に良い知らせのかけらをもっています

だれもが心に良い知らせのかけらをもっています。それは、自分がどんなに素晴らしい存在になるのか、まだ気づいていないということ!どれほど深く愛せるのか!何を成し遂げるのか!自分の可能性とは何かを!

アンネはこの歳にして、とても深い何かを見つめていたのはないでしょうか。

 

きょうのまとめ

アンネ・フランクの美しい名言をまとめました。

① アンネは苦境に立たされても明るい言葉を綴った

② アンネは人間の心の底には善意があると信じて日記を書いていた

③ アンネの願いは「アンネの日記」として果たされた

彼女の言葉には、現代日本を生きる私達にも精通するものがありますね。

 










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