小早川秀秋とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】

 

小早川秀秋と言えばどんなイメージが浮かびますか?

「優柔不断」、「稀代の裏切り者」といったところでしょうか。

どちらも的を射ていると思います。

天下分け目の関ヶ原の戦いの最後で東軍に寝返ったのですから無理はありません。

今回は小早川秀秋とはどんな人物だったか、まとめます。

 

小早川秀秋はどんな人?

プロフィール
小早川秀秋

出典:Wikipedia

  • 出身地:近江国(滋賀県)長浜
  • 生年月日:1582年
  • 死亡年月日:1602年(享年21歳)
  • 関ケ原の戦いを東軍勝利に導いた武将

 

小早川秀秋 年表

年表

西暦(年齢)

1582年(0歳)
 近江国長浜に木下家定の五男として生まれる。
 実父は羽柴(豊臣)秀吉の正室・北政所の兄である。

1584年(3歳)
 子のない羽柴(豊臣)秀吉の養子になる。

1593年(12歳)
 秀吉に実子・秀頼が誕生したため、小早川家に養子に出される。
                   
1597年(16歳)
 慶長の役に従軍。
 大将でありながら前線で戦う暴挙を行う。
 秀吉の怒りを買い、越前国に減封の上、転封。

1598年(17歳)
 豊臣秀吉が亡くなり、大老・徳川家康の計らいで転封が無効になる。

1600年(19歳)
 関ヶ原の戦いに参戦。
 土壇場で東軍に寝返り、東軍勝利をもたらす。
 戦後、宇喜多秀家の旧領を拝領する

1602年(21歳)
 病気により没する

 

優柔不断な人物だった!?

関ケ原の戦いでの東軍への寝返りには諸説あります。

・最初から内通していた

・どちらが優勢か見極めていた

それにしても内通していたならすぐに動いてもよさそうなものです。

それを戦いが始まって数時間後にようやく重い腰を上げます。

勝ち馬に乗る算段だったと言われてもやむなしですね。

関ケ原は1万人を超える軍勢とお家の存続がかかった戦いだったので「迂闊には動けない」というのもうなずけなくはありません。

ただし、陣形や秀秋の陣取った場所を考えるとどうでしょう。

彼が着陣した松尾山は東軍を見下ろす位置にあり、自分が味方したほうに勝利が転がりこむのは明白だったように思います。

松尾山から1万を超える軍勢が下ってくるのですから。

東軍の側面を急襲することになり、大きなダメージを受けたはずです。

徳川家康の命も危なかったかもしれません。

 

小早川秀秋にまつわるエピソード

ここでは小早川秀秋にまつわる意外なエピソードを紹介します。

もしかすると案外、しっかりした若者だったのかもしれません。

領国経営に熱心

彼は領国経営に意外と力を入れています。

秀吉の死により、転封が無効になると早速行動し慶長の役で疲弊した農村の復興に力をいれています。

当時の領地(筑前名島)も疲弊していました。

関ケ原の戦いの後岡山55万石に秀秋は転じ、ここでも検地の実施や寺社領の確認を行っています。

検地: 田畑の面積と収量の調査のこと

領国経営は大名の責務であり、当時は領民からの年貢が主な収入源でした。

そのためにも検地は欠かせませんね。

精神を病んでいた!?

秀秋は関ヶ原の戦いからわずか2年後に病没します。

死因はお酒の飲み過ぎからくる肝臓の病気と言われています。

ただ、関ヶ原の戦いでの裏切りが精神をむしばんだ可能性もあります。

彼の裏切りで西軍諸将はことごとく厳しい処分を受けていて、石田三成は斬首、毛利家は120万石が36万石になりました。

秀秋を憎む声もきっとあったことでしょう。

まして、拝領したのは宇喜多秀家の旧領。宇喜多秀家は西軍の主力として関ヶ原を戦いました。

領民の感情は決してよくなかったと想像されます。

そんな目に見えないプレッシャーによって精神を病み、深酒に拍車がかかったのかもしれません。

 

きょうのまとめ

小早川秀秋について見てきましたがいかがでしたでしょうか。

簡単にまとめると

① 「稀代の裏切り者」?ちょっと厳しい評価かもしれません。

② 関ケ原の戦いで最後まで逡巡した「優柔不断な気弱な人」

③ 歴史に翻弄された若武者

と言えるのではないでしょうか。

優柔不断で気弱な性格ををお酒でごまかそうとしていたのでしょうか。

少なくとも「稀代の裏切り者」と呼ばれるほど計算高い人ではなさそうです。

「歴史に翻弄された若武者」これが一番実像に近いのではないかと思います。

その他の記事についても小早川秀秋にまつわる色々な記事を書いています。

よろしければどうぞ御覧ください。

 

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